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「つながる」

例えば女としての私にダイレクトな興味を持たれるよりも、
今の自分は 
私の 音 や 私の コトバ を通してつながれる人だけを 求めてるのだろう。
 
男とか 女とか 大人とか 子供とか 恋とか通り越して 
そういうとこから繋がってくれる人だけが ほしい

そういうのでしか 私の淋しさは埋まらない  


刹那が永遠
刹那がすべての真実
 

八木重吉の書いたように、「これを読んで (これを聴いて) 私をあなたの友にして下さい」
そういうこと。
 

自分の猫と心が通わせられるように誰かと情を通わせ合えるのなら それは素敵だ。
そんな繋がりら欲しいけど
哀しいかな、
人間にはコトバとか自意識などという邪魔なものがワンサカあるから
大抵の人はそれにスポイルされて、純粋に誰かとすんなり通じ合うことは難しい。
たぶん私も。
 


ぽくぽくひとりでついていた
わたしのまりを
ひょいと
あなたになげたくなるように
ひょいと
あなたがかえしてくれるように
そんなふうになんでもいったらなあ

(八木重吉)

 

それができないかわりに、その代償行為として
詩や 演奏した音楽 という自分の「作品」を通して抽象的につながりあうことを私は求めるのかな?
生身は痛い。生身は怖い。それでは傷つくことはあっても、多分満たされることはない。


猫と成立しているようなレベルでひとと何かを共有ができるのなら それが私の一番欲しいもの。
でもそれは奇跡みたいなもので手に入らない。
それが出来るのは本当の魂の片割れのような相手だけだ。
そんな人に私はこれまでの生涯で2人だけ出会ったけど 2人とも一緒にはなれない出会いだった。
腕をもぎ取られるみたいに別々に生きることになった。
恋だの情欲だの、そういう話じゃなかった。もっと根源的なものだった。
失ったあとに私の心はそこにフックされたまま 以後、他の誰にも同じようには動かされない。

  
だけど、音楽でもコトバでもいい、自分の「作品」というゲートを通じてなら、
違う意味で誰かに届くことが出来るかもしれない
生身でガチで向き合って心と心をわかちあうことはしないけれど
知らない誰かと
心の中に同じ「種」を共有しながら  交差することのない人生を歩む。
 
それはまるで
夜空を見上げて あの無数の星のひとつに自分の友達が棲んでいると信じることが出来た瞬間のように
私の心を励ましてくれるかもしれない。
そうだ。
「星の王子さま」の中で、王子様がバラの花に思いを馳せて語ったセリフのように。
  

私はもう そういうものしか求めていない。
 

私の心を動かすような音楽
私の心を動かすようなコトバ
私の心を動かすような○△□…
 
そして 私の何かが同じように 誰かの心の奥底に届くこと。
 

この文章はただの心のスケッチ。
 
 

なんていうかな・・・   
泣きたいけど泣けない
だから泣くかわりに 弾いている気がするのだ。
 
  

テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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