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根源的な渇き

子供の頃の思い出というのは、一種のパラレルワールドのような記憶の仕方だ。
みなさんも覚えがあるのではないだろうか?
それは、距離感や時間軸が歪んだ、なんだか不思議な感覚である。 
本当にあったことなのかしらん、と思うような記憶である。

そんな断片的な記憶のなかから、いくつか拾い出してみる。
 
ふたつともクリスチャンの話だ。

小学校5年生のころ、日曜学校に通っていたことがある。
私は今も昔もクリスチャンだったことはない。
単に同級生に誘われて行ってみただけである。


私が通ったのは、地元のキリスト教短大の神学生達が運営している日曜学校だった。
まず教会で聖書を読み、賛美歌を歌い、献金をする。
そのあといくつかのグループに分かれて小さな教室に移り、めいめいに聖書の勉強をするのである。

私の母親は、私がそんなところに通うことにはいい顔をしなかった。
彼女はなんであれ家族が宗教や思想的活動にかかわることを嫌がっていたからだ。

でも私は通った。
神学生のお姉さん、お兄さん達は皆親切で優しかったのを覚えている。
それは子供の私にとって「癒やし」を感じさせるものだったのだろう。

ある時、学生同士の結婚式が学内で催され、
短大の広い庭に敷かれた赤い絨毯の上を、
つつましやかな新郎新婦が歩いていた。
美しくて胸が詰まるような光景だった。
子供達は大喜びだった。
 
「感謝祭」の時期には、施設訪問などのイベントがあった。

私たちの班は、知的障害児などの暮らす施設を訪問した。
一日、子供達を遊んだりするのだが、帰り際に
園児達が門の外まで見送りに出てきて、いつまでも手を振ってくれて、
子供ながら煮胸が熱くなったのを今でも思い出す。
 
また、いつかは 奥多摩で飯盒炊爨というイベントがあった。
世の中にはこんなに楽しいことがあるのかと感激したものだ。
 

こうしてみると、小学校でのイベントよりも
余程鮮明に心に残っているのが不思議だ。 
自分が受け入れられるという安心感がたしかにそこにはあったように思う。
家にも学校にも「居場所」がなかった自分にとって
それは本当に心安らぐ時間だったのだろう。
 
だって、自宅では いつも私を否定し続ける「彼女」と向き合わねばならないのだもの。 
抱きしめてもくれず褒めてもくれない彼女よりも
常にやさしく自分を受け入れてくれる神学生たちは心惹かれる存在だった。
 
今思えば私は、母性的な存在に飢えていたんだろう。
私の母はそういう存在ではなかった。
私は「無条件に自分を受け入れてくれる存在」としての母親を持ったことがなかった。
 


母の抵抗もあり、中学校に行くようになってから自然と足が遠のいたが、あのころの僅かなキリスト教体験というのは色濃く私の精神の基盤にしみ込んでいる気がしてならない。


クリスチャン といえば、もうひとり忘れられない人がいた。


中学2年の時、産休の代用教員として短期間教えて頂いた若い女教師。 
仮にA先生とでもしておこう。

彼女はいつも柔和な笑顔で、穏やかで、まさにマリア様のように優しかったのである。 

当時(20代までだが)私は生理痛が激しく、よく保健室で休んでいた。 
ある日、いつものように激しい生理痛で、私は教室で失神した。
保健室のベッドの中で脂汗をかきながらふっと意識が戻ったとき、
A先生がベッドの横で私の手を握っていてくれたのに気づいた。
胸が熱くなった。言葉が出なかった。
 

そんな体験は生まれて初めてだったのである。


私の母は いつも厳しくて甘えさせてくれたことがない。
「だっこ」の記憶がまるでない。 
看護学校出だから子供が怪我をしようが動じない。
転んで足にひびが入ったときも「またお金がかかるじゃない」と冷たく言われたことしか覚えていない。
たぶん言った本人は何も覚えていないだろう。

でも私にはそれは突き刺さった。
だから私は甘えない子供になった。


A先生のその慈愛に満ちた接し方は、私を妙に揺さぶった。
これまで、束縛、支配といった『悪しき母性』以外知らなかった自分、
『善きもの』としての「母性」について、全く恩恵を受けてこなかった自分にとって、
カラカラに乾いた大地に雨が降るように 
それは強烈に染みこんだのに違いない。


同時に自分もあんな風になれたら、と切なく思ったことを覚えている。 
13~14歳のころの話である。 
 


母とは母が70を過ぎた今なお、確執を感じる。
水と油のように合わない二人の女。
だけど私は彼女を理解していると思う。
なぜなら理解しなければ押し潰され呑み込まれてしまうと思ったからだ。
母親だと思わなければそれでいい。 
 
ただ、「誰かに無条件に受け入れられること」への渇きは
未だに満たされることはない。
人生の最初にきちんと満たされなかったもの欠いたまま生きてくると、
あちこちで不安定さが露呈するのだなと何度も感じてきている。
求めすぎてしまう。
そうしてバランスを崩す。
 
帆の破れた帆船の操縦が困難なように、
いらぬエネルギーを必要とする。
 

この渇きは色々な場面で形を変えながら
いつも自分の心の根底に横たわっていると思う。
 




      自作詩と随想  目次

テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

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この家で、一人きりなのに、やはり居場所は無い。
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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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