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白いロケットがおりた街<別役実>

 白い小さなロケットが、その町の真夜中の飛行場に、音もなくフンワリと着陸しました。
遠くで管制塔のあかりが、二、三度チラチラとまたたきましたけれども、またすぐ、ふっと消えてしまいました。

「もしかしたら、みんなもう眠ってしまったのかもしれない……」

 白い小さなロケットは、砂漠のように静かな飛行場の中で、星空を見上げてホッとため息をつきました。その星空のはるかむこうにある小さな星を、何年か前、その白いロケットは勇ましく出発してきたのでした。

「気をつけて行っておいで」

 見送ってくれた人々の心配そうに言ってくれた言葉が、ひどく懐かしく思い出されます。
 長い長い航海でした。白いロケットは、まるでイナズマのように、星たちの間を走り抜けてきましたが、それでも広い宇宙にとってみれば、カタツムリのように遅かったのです。
 丈夫だったロケットも、途中で何度か故障を起こして、最後には悪い猟師に羽を撃たれた可哀そうな小鳥のように、あえぎあえぎ、やっとその街の飛行場に着いたのでした。

「ともかく、無事に着けてよかった……」

 白いロケットは、あたりを見まわしながらもう一度大きくため息をつきました。

「でも……何故誰も居ないんだろう……? どんなに夜遅くなったって、誰か一人くらい起きて見張っていてもいい筈なのに……」

 誰も居ません。飛行場のはずれにある海のほうから、霧がゆっくりと地面をはって、ロケットのほうへ近づいてくるだけです。そうです、そこは、白いロケットの考えも及ばないほど、小さな街の小さな飛行場だったのです。

 小さな格納庫の中で今は眠っている小さな飛行機が、一日一回、山ひとつ向こうの街へ、郵便物を届けて帰ってくると、あとはもう何ひとつ用がないのです。

「しようがない、明日の朝まで眠ろう……」

 白いロケットは、小さな星のほうを見上げて「おやすみなさい」とつぶやくと、ひとつ体をブルッとふるわせて、そのまま眠ろうとしました。霧がもうロケットの足元まで押し寄せてきて、恐る恐るさわってみたりしています。

「こいつらはいったい何なんだろう……?」

 ロケットは、ちょっと気味悪そうに下を見て、それからビックリしました。白いロケットの足元のあたりに小さなひび割れがあって、そこから真っ黒い血のような油が、ゆっくりとにじみ出ていたからです。

「これは大変だ、早いとこ助けを呼ばなくちゃあ……」

 白いロケットは、どうかするとそのままバラバラと崩れ落ちてしまいそうな各部品をしっかりと締め直して、ふるえる指先で無線機のキイを叩きました。

「モシモシ、モシモシ、ミナサン、オキテクダサイ、コチラシロイロケット、コチラシロイロケット、タダイマトウチャクシマシタ、タダイマトウチャクシマシタ、タスケテクダサイ、ケガヲシテオリマス、タスケテクダサイ、ケガヲシテオリマス……」

 ロケットの頭のテッペンから、ささやくようなかすかな電波がにじみ出て、それが静かに、そして次第に、夜空いっぱいに広がり始めました。

「モシモシ、モシモシ、ミナサン、タスケテクダサイ、トオクカラヤッテキマシタ、ナガイナガイコウカイヲシテ、イマツキマシタ、ケガヲシテオリマス、タスケテクダサイ、タスケテクダサイ……」

 電波は、まず管制塔のアンテナをふるわせ、電線を伝って無線室に入りこみ、その部屋の受信機をカチカチと叩きました。受信機の隣につながったタイプライターが、忙しく働き出し、「タスケテクダサイ、タスケテクダサイ……」と何度も何度も、白い紙に書き続けました。でも、残念なことに、その無線室には、誰も居なかったのです。
 他の電波は、もっと大きく飛んで、街の真中にある郵便局のアンテナにすいこまれました。そこで今度は、郵便局の無線事務室にある受信機がカチカチと音をたて、その隣のタイプライターが、「タスケテクダサイ、タスケテクダサイ……」という文字を、白い紙の上に、びっくりしたように叩き始めました。しかし、その無線事務室にも、誰も居なかったのです。
 そうです。その街の人々は、みんなぐっすり眠っておりました。白いロケットから発信
された電波は、次第に弱まり、夜明け近くになって、プツリととぎれてしまいました。

 次の朝早く、市長室の電話がけたたましく鳴りました。
「もしもし、市長ですが……」
 市長さんは受話器を取ると、眠そうな声を出しました。
「市長さんですか、おはようございます。私は郵便局の無線技師です。大変なことが起き
ました。ここの無線事務室に知らせがあったのです。白いロケットが助けを求めているのです。助けて下さい、助けて下さいって、三百六十回も、言っているのです。これはよほど大事件ですよ」

「それで……、その白いロケットってのは何処にあるんだね……?」
「さあ、それはどうも……」
「それじゃ、話にならないよ」

 市長さんは、ガチャンと電話を切ってしまいました。市長さんというのは、朝はいつでも御機嫌が悪いのです。 しかし、電話はまたかかってきました。

「もしもし、市長さんですか、おはようございます。私は管制塔の無線係です。白いロケットが助けを求めています。助けて下さいって、三百六十回も言い続けてたのです」
「しかし、その白いロケットが何処にあるのかわからないんだろう?」
「いいえ、ここから見えます」
「見える?」
「ええ、飛行場の真中に、白いタケノコみたいにはえています。あれがきっと、そうです
よ」
「よし、行ってみよう」

 市長さんは受話器をおくと、しばらく考えてお医者さんと機械技師に電話をかけ、飛行場へすぐ来るように言っておいてから、帽子とステッキを持って市長室を出ました。
 良いお天気でした。飛行場に着くと、誰に聞いたのか、もう何人か街の人々がやって来ていて、遠くからこわごわと、白いロケットを見ております。ロケットは、朝露にぬれた体に朝日をいっぱいに浴びて、桃色にキラキラと輝いていました。

「何てきれいなんだろう……」

 市長さんが近づこうとしますと、街の人々がみんなでとめようとします。

「ねえ、市長さん、気をつけたほうがいいですよ。もしかしたら、あれはバクダンかもしれませんからね」
「いや、そうじゃない、あれは白いロケットさ」

 市長さんは、無線技師から聞いたことを話してやりました。

「あの中には人が居て、怪我をしていて、我々に助けを求めているんだよ」

 やがて道具箱を抱えた機械技師と、薬の入ったかばんを下げたお医者さんが走ってきました。

「さっそく仕事を始めよう。ひどい怪我らしいからね。夜の間ずっと助けを呼んでいたん
だ。まず君は、ロケットを開けて、中の人を出してくれ給え」
「しかし……」
 いわれた機械技師は、首をかしげました。
「どうやって開けるんでしょう。入口のようなものが見当たりませんが……」
「そうだね……」

 市長さんは、ロケットのまわりをひとまわりしてみました。確かに入口はありません。
「しかたがない、そのつぎ目のところに何かさしこんで、はいでみたまえ。とにかく急ぐんだよ」
「待って下さい、市長さん」

 管制塔の無線係が口をはさみました。

「ねえ、このロケット、何か一所懸命に話しかけてるみたいな気がするんですが……」

 みんな耳を澄ましました。確かに、誰かが何かを必死になって話しかけているみたいな気配がします。しかし、何も聞こえません。

「波の音さ。その他には何も聞こえなかったよ。やってみたまえ」

 機械技師は、ドライバーを継目のところに突っ込みました。真っ黒い血のような油がいきなり噴き出して、その時、やっぱりみんな悲鳴のようなものを、聞いたような気がしました。

「何か聞こえたかい?」
「いいや、聞こえなかった。でも、聞いたみたいな気はしたよ」
「どうします、市長さん?」
 機械技師は手をやすめてききました。
「何かひどく可哀そうなことをやってるみたいな気がしてならないんですが……」
「何故だね。我々は、中に居る人を助けるためにやっているんじゃないか。いいから早く
やりたまえ」

 継目板がはがれると、機械のようなものがぎっしりつまった内側が見えて、またもや真っ黒い血のような油が、どっとあふれ出ました。その頃になるとみんな顔をしかめて、何故か、いじめられている子供を見るに見かねているような目をして、それをとりまいていました。中には、子供の泣き声を聞きたくない人のように、必死になって耳を押さえている人まであります。

「その中の、丸いものを開くんだ。きっと、その中だよ」

 さすがの市長さんも青白い顔をして、させたくない注射を、無理にしなければならないお医者さんのように、声をふるわせて言いました。機械技師も、今は夢中になって、仕事にかかります。
 その時でした。飛行場のはずれから、郵便局の無線技師が、自転車に乗って、手に持った手紙をヒラヒラさせながら、走ってきたのです。

「市長さん、聞いて下さい」
 自転車から飛びおりると、無線技師は息をはずませながら言いました。
「うちの無線事務室に、この白いロケットからの通信が届いたのです。このロケットは、電波でしか話せないのです。」
「電波でしか話せない?」
「そうです、声は出ないんですよ」
「なるほど、そうだったのか、それで……?」
「実は、気をつけなくちゃいけません。この白いロケットは、この人の乗り物ではなくて、この人の体なのです」
「何だって?」
「この白いロケットそのものが、この人なのです。中には誰もいません」
「しまった。おい、やめるんだ」


 市長さんは慌てて叫びましたけれども、もう、その時は遅かったのです。機械技師は、ロケットの中にあった丸いものに、ちょうど大きな穴をあけたところでした。ガラウンドウの中から、ほっとためいきのようなものがもれて、人々の見守る中へ、青白い風船のようなものが、ぼんやりと現れました。

「何だろう、これは……?」
たましいですよ、市長さん。今、この白いロケットは死んだんです……」

青白い風船のような、白いロケットのたましいは、人々の頭の上で哀しそうに二、三度首を振って、それからゆっくり、上のほうへ登ってゆきます。

「何てひどいことをしてしまったんだろう……」

 市長さんは、帽子をとってうつむきました。

「見てください、市長さん」

 郵便局の無線技師は、手にした白いタイプライター用紙を見せました。

「これは、この白いロケットの悲鳴ですよ。きっと、ひどく苦しかったんです」
 白いタイプライター用紙には、これまで人々が聞いたことのある、ありとあらゆる悲鳴が、活字体でビッシリ、書いてあったのです。


 市長さんも、機械技師も、お医者さんも、管制塔の無線係も、郵便局の無線技師も、それから街の人々も、ゆっくりと上がってゆく白いロケットのたましいを、いつまでも、いつまでも見送っておりました。





淋しいおさかな (PHP文庫)淋しいおさかな (PHP文庫)
(2006/09/02)
別役 実

商品詳細を見る



別役実童話集「淋しいおさかな」の一番最後にあるお話。
 
この童話集は不思議な淋しさに満ちている。淋しさといってもセンチメンタルなそれではなく、もっと乾いた感じだけれども。
悪意の人は出てこないのに結末が淡々と淋しかったり。
 
この「白いロケットの降りた街」にも、人々の「善意」が満ち溢れている。
なのにこの結末。 
 
忘れ得ぬ印象的な本。私の宝物のうちのひとつである。




テーマ : お気に入り作品
ジャンル : 小説・文学

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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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