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自己分析―カレン・ホルネイ

自己分析―精神分析は自分でできる (1961年)
カレン・ホルネイ


18歳の頃に読んだ本ですが、自己分析の手法を専門的に記述してあります。
 
高校時代に心理学の本を読み始め、更に進んで精神分析医の著書を多数読みました。
 
その中でもその後の人生や物の考え方に多大な影響を及ぼした著書がいくつかありますが、
これは間違いなくその一つです。
(他にはR.D.レインの「結ぼれ」「自己と他者」「引き裂かれた自己」、河合隼雄の「カウンセリングを語る」「母性社会日本の病理」などなど)
 

この書籍の中で解説されている自己分析の手法のひとつに「自由連想法」というのがあります。
私は高校時代に自分自身に対してこれを実行してみました。
 

記憶を頼りにやり方のエッセンスをご紹介します。
  

1.大学ノートなどを用意する。
2.自分の人生を遡り、思い出す出来事を、思い出した順に書き綴る。
 
順番は時系列にこだわる必要はなく、頭に浮かんだ記憶を浮かんだ順にただ書き記します。
その記憶にまつわる自分の感情や印象も含め、すべてを書き出します。
これを延々続けます。
何日かかってもかまいません。 

最初は雑多なことがどんどん浮かびます。
これは心の表層部分にあるものたちです。 

大分作業が経過してから、「あれ、あんなこともあったな。結構インパクトあったのになんで忘れてたんだろう」 といったものが出て来るようになります。 
 

最終段階になると、書くのがキツい出来事が浮かんできます。
どうしても書きたくない。書くのが苦痛。
封印したい葛藤と闘わなくては書けないような出来事です。
 

ここからが肝心です。

 
葛藤が大きいもの、抵抗の大きい記憶ほど自分の精神の深層部分、根源的なところに近い重要な出来事です。
 
死ぬまで隠しておきたかったような事も含みます。 


これらも、全て文字にして晒してゆくのです。
かなりキツい作業でした。
あの時のノートは絶対に他人に見られるわけにはいかない、そういう部分まで引きずり出しました。
 

それらのうちで、今となっては完全に客体化されて整理をつけた事柄のひとつを例に挙げてみましょう。
小学校低学年の時に起こした事件です。
 

7歳か8歳かそんな年齢の時と思います。
川崎の元住吉から横浜まで、分数チェロを母親が担いで、チェロを習いに行っていた頃。
先生の住むアパートの屋上に、同じ小学生の生徒仲間数人で上がって遊んでいました。
鉄筋コンクリートのアパートの屋上には、コンクリート礫がいくつも転がっていました。
今だったら考えられないことですが当時はそんなことは普通にありました。 

小さな子供たちにとっては、
子供にはちょっと重いそのコンクリート礫を持ち上げられたらヒーローです。
調子に乗った私は得意げに持ち上げてそれを屋上から投げ落としたのです。
 
そして、屋上から降りたあとに、その報せが来ました。 

私の落としたそれが下に居た若い(多分)女性に当たり怪我をさせたらしいのです。
親に連れられて泣きながら謝りに行った記憶があります。
顔に怪我をさせた、というような記憶だけど曖昧です。
 
おそらく恐ろしい大罪を犯した意識のため、
忘れたい、逃げたい一心でその記憶を私はその時まで完全に封印していたのです。
  

この記憶が浮かんだのは作業が相当進んだあとでした。
 


それだけ深い傷になって隠されていたということです。
子供の私には背負いきれず処理しきれなかったのでしょう。
処理されないままの形で封印された傷は有害です。
 
この自己分析を行ったときそれを感じました。 

これが面白いところなのだけど、
遠い過去の自分の心の問題点に対して、
処理可能になった現在の自分が
時間を遡って、対面し、癒やして解決してあげることが可能なのです。
  

いってみれば、17歳の自分が
タイムマシンに乗って
7歳の自分に逢いに行って
話を聞いてあげて、
ちゃんとカウンセリングしてあげる、
そういう作業が出来るのです。
 

自分以外の誰にもカウンセリング不可能な、自分の心の問題というのが人間にはあります。
結局のところ、自分の心を救えるのは自分しかいない、ということをよく私は感じます。
 


この「自由連想法」はやり方を守れば誰でも出来ることです。
 
心の棚卸しをして、自分の心の全てと対話するのは、
とても大事なことだと思います。
 
 

あなたの中には、
ひとりぼっちで森の中で迷子になっている傷ついた子供は棲んでいませんか?
  

もしいたら、その子供に逢いに行ってください。 

テーマ : 読書感想文
ジャンル : 小説・文学

大切でなくても大事にすると大切になる話

弟から以前誕生日に貰った小さな蘭の花が今年も咲きました。私はガーデニングはするし植物好きですが実は蘭は趣味じゃないので、貰ったときは「面倒だなあ、こんなものくれて」と思いました。

だって、花が終わったあと長いこと面倒を見なきゃいけない。しかも、外では育てられないから鉢植えのまま。
生命あるものですから、捨てるわけにも行かない。

最初の年は何もせず放置して忘れ去りました(たまに水はあげました)。翌年の春のある日、いつの間にか咲き誇ってるのに気づきびっくりしました。花芽が出来ていたのも見ていなかったから支柱もなしです。

反省してその翌年は、ネットで調べて水苔などを買ってきて植え替えをしました。今度はちゃんと日々気にかけて観察?もしたので、新しい根や、花芽が出たときもすぐ気づきました。支柱も添えました、そして開花。

相変わらず、蘭よりノースポールやネメシアやネモフィラなどを外で育てるほうが好きですが、しみじみ感じたことがあります。

「大切だから世話する、というより、
世話するから大切に思えてくるのだ」

これは以前から感じていたことではあります。思えば「星の王子さま」の「たったひとつの薔薇」への思いも本質的には同じことを言っていた!

その相手のために時間をいっぱい使ったから、それがたったひとつの大事なものになる、ってやつ。

自暴自棄になってメンタルボロボロで浮上できないときには、ありったけの気力を振り絞って兎に角シャワー浴びて髪を洗って、綺麗にお化粧して、ちゃんとした装いをしてみることにしています。そうすると自分を愛せる気がするから。



大切に思えないものであっても大切に扱ってみるのは、人生に良い結果をもたらすかも。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

「一緒に起きよう」

忘れられない文章があります。
高校時代に友人の通う女子校の文化祭に行ったとき、立ち寄った文芸部のブース。
貰って帰った部員の作品集の中にこんな内容の随筆がありました。遠い昔の記憶だけど内容はよく覚えています。

公園の砂場で見かけた光景を綴ったもので、
小さな子と少しだけ年上の女の子のやりとり。
小さな子が転んだか何かで泣き出した。
それを見ていた女の子が駆け寄り、いきなり砂場で転んだ。
驚いて泣き止む小さな子。
女の子は座り込んだまま
にっこり笑って顔を見合わせ、こういった。
「一緒に起きよう」
小さな子は「うん」といって
二人は立ち上がった。

そんなエピソードが心に響く文章で綴られていたのでした。


自分も転んで見せて同じ立場になって、
そして「一緒に起きようか」と呼びかける幼い女の子の行動から受けた衝撃。

すごいな、と今でも思います。
そしてそんな小さな光景をみずみずしい感受性で捉えた、顔も知らない作者の少女へのシンパシー。
彼女は今どんな大人になっているのかな、と想像してみたくなりました。


感受性、大事。


テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

人生初MRI〜老いるということ

昨日は人生初MRIでした。

左目緑内障ごく初期ということで2月から通っている眼科医から、左右の瞳孔の開き方がかなり違うことを指摘されており、一昨日よ再診時に「念の為、脳神経外科で脳由来でないことを確定してもらってください」と紹介状を出され、脳神経外科クリニックを受診したのです。

結果はありがたいことに「異常なし」。
ただし「年齢なりの影響は少し出てきてます」。脳にわずかに隙間が出始めている、とか、うっすら小さな白い点々を指して「これは血管の詰まったところ」

…原因は?と聞けば「まあ、動脈硬化ですね」とショックな言葉。


自分は、内科系では血圧も血糖値も尿酸値も超正常、アブラ系は年齢なりにほんの少しや高め、など比較的「好条件」で、骨密度は20代並みと医者が驚くほどで、これまで特に意識したことはなかったのですが、それでもこの年齢になれば血管などの体組織の劣化は「平等」に出ているのだと思い知らされました。


初めて見たに自身の脳のかたち、脳の中身。
まるでCGみたいだったけど、これが今の私なんだ、と。

そしてそれは耐性年数の終焉に向かって確実に動いている。

住宅みたいにリフォームもできない。
交換も出来ない。

“わたしの「持ち時間」は
すでに
終わりに向かっている。”


帰り道、やたらと死んだ両親の顔が頭に浮かび、逢いたくて泣きたくなりました。


「お母さん、動脈硬化だって。
私も老人になり始めてるんだね」

両親、
死んでいった4匹の愛猫

それは
『逝った者リスト』


そしてそのうち私もそちら側に並ぶのです。


今日は曇り。
湯水のように恵まれた青い空とはお別れな「春」がやって来ました。

いつも目の前の世界が今生最後って思いながら日々を過ごしています。

今日も元気に行きましょう。


テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

決して分かち合えぬもの

3.11
ある人に教えていただいた被災高校生のこの詩をご紹介したいです。
言葉が出てこない。

潮の匂いに。
http://sazanami-books.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-64da.html

>自分のこと しか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。 “未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。おまえは誰ともつながってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言ってい る。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。
[引用ここまで]

これを読んで思い出した出来事があります。上っ面だけの共感の言葉の残酷さ。「スケール」は比べ物にならないのだろうけれど根底にある共通点

高校の卒業式の日の午前2時頃にクラス担任の先生が亡くなりました。数学教師でした。
まだ28歳の若さ、結婚も決まった婚約者を残して。初めての三年生の担任で激務により子供の頃に患った心臓弁膜症が再発し逆流した血液でできた血栓が脳に詰まり昏睡状態のままの死でした。
受験生に動揺を与えないようにという学校側の配慮で入院していたことすら前夜まで知らされていませんでした。
連絡網で事態を知って、当時放送委員長だった私はクラスメイトに頼まれ、先生が楽しみにしていた卒業式の様子を生録して病院に届けようと手配し、朝早めに学校に行ったところで級友より死を知らされました。
クラス全員お通夜のようになり、打ち上げも中止で散り散りに。

そんな中、他クラスの女友達からかけられた言葉を今も忘れられません。

彼女は泣き腫らした眼の私にありったけの同情心に溢れた表情と口調でこう云ったのです。

『気を落とさないでね』

あの時の気持ちは忘れません。
なんという無神経な言葉だろうと。
彼女だってその先生の生徒だったのに。
他人事。永遠に埋まらぬ距離。
不誠実。
黙っていることの方がずっと誠実。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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