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心に残る映画たち(その3)「無伴奏シャコンヌ」

原題:Le Joueur de Violoncello Cello
1994年製作/フランス・ベルギー・ドイツ合作


芸術の本当の意味を追及するため、地下鉄の構内に身を置き演奏活動をするヴァイオリニストの姿を描く作品。
音楽評論家としても著名なアンドレ・オディールの『Musikant』の映画化。


1995年日本公開@東急シネマスクエア
DVDも持っています。
絶頂期のギドン・クレーメルが演奏しており、音楽の監修もしています。
あらすじなどはこちらで。

====MovieWakerより転載
フランスのリヨン。ヴァイオリニストのアルマン(リシャール・ベリ)は、10年前にソリストの代役としてデビューを飾り、以後、第一線で活躍してきたが、芸術家としての自分に疑問を感じ、また同じヴァイオリニストの親友が自殺したことをきっかけに舞台から退いた。彼はメトロの地下道を次なるコンサートホールに選び、自分の欲求のまま演奏し続ける。彼の脳裏に去来するオペラ歌手だった昔の恋人との思い出……。始めは誰の関心も惹かなかったが、やがて通行人の足を止めるようになる。音楽好きのメトロ職員ダロー(ジョン・ドブラニン)との出会い、アルマンの昔の姿を知る音楽家シャルル(フランソワ・ベルレアン)との再会、そして心を閉ざしがちだった切符売りのリディア(イネス・ディ・メディロス)も、アルマンの奏でる音色によって癒されていく。ある日、メトロで停電が起きる。動揺する通行人たちを優しくつつみこむアルマンの演奏。明かりがついた時、アルマンとリディアは自分たちの心が愛情で結ばれていることを知る。翌日アルマンは初めてチェロ奏者と共演、周囲の人々も演奏に参加し音楽の饗宴となったが、リディアはその輪の中に入っていくことができない。しばらくしてメトロで工事が始まる。アルマンは居場所を失い、立ち退きを要求してきた警官にヴァイオリンを叩き壊されてしまった。リディアが仕事を辞め自分のもとから去ったことも知り、悲嘆に暮れる。そんなアルマンの様子を遠くから眺めていたシャルルは、彼に自分のヴァイオリンを差し出す。アルマンに残された道はひとつ、ヴァイオリンを弾き続けることだけしかない。彼はメトロに生きるすべての人々のためバッハの『シャコンヌ』を奏で続ける。人生の喜び、普遍的な愛、そして自分が求めてきた芸術の真の姿をアルマンは遂に見い出すのだった。





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心に残る映画たち(その1)「天井桟敷の人々」

父は映画も好きだった。
自宅にいたころは 父が見る「◎◎洋画劇場」などを門前の小僧状態で一緒に見ていた。
それで自然と名画、というものになじんだと思う。

大学生以降の20代はちょくちょく映画を見に行ったものだ。

そういった中でその後の私の人生に深く根づいた映画は数限りない。
思い出す順にすこしご紹介してゆこうと思う。


まず 筆頭は 「天井桟敷の人々」  だ。
原題は:Les Enfants du paradis
1944年フランス

人間の自由とは、誇りとは、そして恋とは、人生とは。
何より「人間とは」。
19歳の時にある人に映画館に連れて行かれ観て以来、
何度 観たでしょうか。
このシーンは冒頭の方で、旅芸人一座の天才パントマイム役者「バチスト」とのちに運命の恋の相手となる高級娼婦「ギャランス」の出会いともなる場面です。 雑踏で財布をすられた男性が隣にいたギャランスに濡れ衣を着せピンチに陥るところを、一部始終を見ていたバチストがマイムでその状況を説明し、疑いを晴らす名場面です。
このほかにも 後半でギャランスとバチストが再会しやっと結ばれるときに、思いつめるバチストにギャランスがつぶやく名セリフ「恋なんて簡単よ」というシーンも強烈に心に残っています。
ただ、このセリフは映画版の字幕のもので、DVDなどでは訳が違っており(忘れました)、そちらだったらそこまで焼き付いてなかったかも。 映画の字幕の訳ってほんと大事。
原語のセリフ、そういえば調べてませんがなんだったんだろう。
知りたい。
長いので2部に分かれていて途中に休憩が入ります。
バチスト、ギャランスとギャランスの友人の悪党、シェイクスピア役者の4人を軸とし、いろいろな人生模様が描かれ、その中で 人間にとっての本当の尊厳とはなにか、誇りを貫く高潔さは誰に宿るか、といったいろんな命題を学生の私に植え付けた忘れられない作品です。
観たことがない方、知らなかった方は ぜひ一度はどうぞ。
映画史上の最高傑作のひとつではないでしょうか。










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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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