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若さ かなしさ<永瀬清子>



東京の小さい宿に私がいた時
あの人は電話をかけてきて下さった
あの人は病気で私に会いに来れないので
それで電話で話したかったのだ


かわいそうにあの人はもう立てない病気
それでどんなにか私に会いたかったのだ
こんどはどうしても会えないよと
とても悲しそうに彼は云った


あの人は私よりずっと年上だし
学識のあるちゃんとした物判りのいい紳士
そんなに悲しい筈はないと若い私は思っていたのだ


過ぎゆく人間の悲しさを
私はまだ思いもせずに
長く長く電話で話す彼に当惑さえしていた
そして片手の鉛筆で
何か線や波形を描いていた


枯葉のように人間は過ぎていく
その時瀕死の力をこめて私を呼んでいたのに
そして波のように私にぶつかりなぐさめられたかったのに―――
「人間ってそんなものよ」「病気ってそんなものよ」


私はああ、恐ろしいほどのつめたさ
若さ、思いやりのなさ
そそり立つ岩さながら―――

私を遠くからいつも見つめていたそのさびしい瞳に
それきりおお  私は二度と会うことはなかったのだ





あけがたにくる人よ (思潮ライブラリー 名著名詩選)あけがたにくる人よ (思潮ライブラリー 名著名詩選)
(2008/06)
永瀬 清子

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詩集を開いたときに 飛び込んできたこの詩。
ああ私もどれだけ年を取ってきて、この苦い思いを噛みしめていることか。

若さとは、傲慢さ、思い上がり、他者への思いやりのなさ。



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ジャンル : 小説・文学

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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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