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マッチ売りの少女

「居場所がない」

心の奥でちくちくと痛み続けるこれは、
どこにも居場所がないと感じる気持ちだ。
 
もう15年以上暮らしている相手は、私を嫌いだと明言する。

うわべでは笑い合い、手をつないで歩いたりするくせに
根源では私を拒否し、
彼の軽蔑して憎んできた母親と同じ性の身近な女を、
母親のかわりに軽蔑し拒絶し否定し、憎んでいるのだろう。
 
旅行に行き、夜散歩に出て
満天の星空を一緒に見上げて
一緒に「あれが北斗星」「あれは何座?」と平和に会話をしているのに
その実、定期的に私の心を徹底的に潰して壊すシーンが繰り返される日常。 

だから私は楽しむまい、
心の鍵を開けるまい、と誓う。
楽しい時間は自分にとってはお芝居に過ぎないと思っている。
そうしなければ壊されるから。

そして気づく。

ああ、これって「居場所がない」ということなのだと。

誰も彼もが自分の家を持ち、自分の居場所にいるように見えるのに
私は自分の家にいながら自分の居場所がみつけられない。
では居場所がある、とはどういうことなのだろうか、と考える。
それはおそらく、誰かに心の底から肯定され、受け入れられ、歓迎される場所があることだ。
 

そういえば、私が今 わずかに居場所を見つけているのは
すべて「領収証」の存在する時間だ。
尊敬する音楽家の先生との時間には領収証が飛び交う。
レッスンというのは、誤解を恐れずに言えば、
ある種の経済的利害関係を伴う人間関係なのだから、
私が貧乏になり音楽費用どころでなければ、消えてゆく宿命だろう。

レッスン代が払える間だけ出現する幻の居場所。
そういうことだ。
 

では、それらを「お金で自分の居場所(時間)を買う」という行為に還元して考えてみてはどうだろうか?
一時の幻、一時の癒しを求めて、ホストクラブやキャバクラに通う人たちと、どこに違いがあるのだろうか。
 
 
その軸で考えたならば、私を含め、彼らは全て「マッチ売りの少女」たちなのだ。

マッチをすり続けて夢を観る。
マッチがなくなったら凍えて死ぬだけ。


そう考えたらとてつもなく切なくなった。 
 
ずっと私を追い立てている焦燥感の源は、この儚い自分の足場への不安なのだろうか?

居場所がないまま、さりとて死ねないから回り続ける独楽のように
喘ぎながら生きている、という現実。

私のマッチが尽きる日を恐れながら。
 

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テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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