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猫。

                                  

猫はいつも私の傍らにいる。チェロを弾くとき、ピアノを弾くとき、
夜、眠るとき。いつの間にかすぐ横で寄り添う。
抱きしめてと眼で訴え、濃厚に情を交わし合う。 
 
私の母親は私を抱きしめなかった。いや、うんと幼い頃には抱いてくれたのかもしれないが、少なくとも私の記憶に残っていないのは確かだ。
「甘えてはいけない」というのが常に彼女のメッセージだった。

人間には父性と母性が同時に共存するものだが、彼女は恣意的に父性の側だけで私に接しようとしていたように思う。
本当の父性ならまだしも、父性もどきという質の悪いものだった。
 
暖かな体温で包み込み、抱きしめ、甘えさせ、理屈抜きで全存在を肯定するような繋がりを通じて、人は安定した精神基盤を得ると思うが、私の母親はそういったものを与えることを拒否した。
少なくとも娘にはそういう効果を与えた。
 
ひとつには彼女は人の何倍も神経質で潔癖症な娘(かつての)だったことがあるだろう。 彼女は20過ぎまでにかなり過酷な人生を送った。
気性は激しく、自意識も強く、またコンプレックスも大変強かった。
優等生で美人の妹に比べ色黒で痩せっぽち(娘時代の話だ)の封建的な農家の長女。芸術的才能がそれなりにあったようだが、環境がその開花を阻んだ。彼女は全身で闘った結果、単身誰にも助けてもらわず家出娘として上京し、国立の看護学校の寮に勝手に入った。
住居費も学校の費用も要らなかったからだそうだ。
 
やりたかった勉強をし、やりたかった文学活動もした。
その中でインテリ詩人のはしくれの父親と知り合い、駆け落ち同然で結婚した。

・・・・・とまあ、替わりに自伝を代筆出来るほどに聞かされた物語だ。

彼女のエネルギーの根源は、そういった恨みつらみとコンプレックスだったのだろうか。

東京に出てきた彼女が愛読していたのは智恵子抄の「東京には空がない」というあれだ。まさに、あのままの気持ちだったのだろう。
あまりに神経が繊細だったのか、結婚した頃は、ノイローゼになり電気ショック療法を受けたと言っていた。
いわゆる芸術家肌の面倒くさい気性の女だったのだろう。
 
そうして私の思うに大変な潔癖症だったに違いない。

私が15年ぐらい前、今の夫と出会う以前に声楽は一切生理的に受け付けなかった原因はこの母からの刷り込みにあったと思う。

彼女はいつも「声楽は身体が楽器で、気持ちが悪い」と繰り返していた。同じような理由で管楽器には寒気がするといつも言っていた。
唾液が垂れる管楽器。
そのイメージは潔癖症な彼女には心底耐えられないものだったようだ。
身体的なもの、肉体的な接触や分泌物、全てにおいて彼女は嫌悪感を顕にした。 当然その母親に育てられた娘もそれが刷り込まれた。

「女」という性を彼女はおそらく否定し毛嫌いしていた。
私は小さい子供の頃、「少女漫画は女のいやらしさを育てる」という理由で、漫画を読みたいなら少年漫画にしろと言われた。

小学5年ごろ、家族旅行の列車の中で交流した他所の少年に自宅の住所を教えたら、母に「汚らわしい」と言わんばかりの形相で怒られた。
男に媚を売る、と蔑まれた。 
男に服や宝石をねだるのは娼婦のすることだと固く戒められた。
 

私はだから少女時代、UNISEXなキャラクターとして男子からも女子からも見られていたようだ。
自分の中の「女」を知らず知らず蔑み嫌っていたと思う。
 
いつもひとりだった。
だが、潔癖症な割りには、年長の男性がいつもアプローチしてくるので、男性との交際は中学頃から途切れなかった。
もちろんプラトニックなんだけども。 
家には自分の居場所がないと感じていた少女にとって「恋人」は血縁よりもずっと重要な存在だった。
それは現在まで変わらない。 私にとって血のつながりなど糞にもならぬ、全く重要性の薄いものでしかない。
私は友人も必要でなかった。 恋人ただひとりこの世にいたらそれでよかった。
私にとって恋人は、唯一私が心を開ける存在としての役割が要求されたのだ。
 
 
当時の詩を読むと、情念は人の何倍も濃いのがわかる。
それを全て内側に押し込めていたというわけだ。

それでも年齢と経験を重ねるに連れ、恋人たちの尽力によって、少しずつ自分の中の「女」を解放し、肯定できるようにはなっていった。

しかし母性的な交流への飢えが自分に色濃くあることは、50歳近くなるまで自覚していなかった。
父性論理ばかりに囲まれ、誰も私を母性的に愛してくれなかったし、男たちは私に母性を求めても、私に母性的愛を与えてくれたわけではなかったから。(皆無というわけではないにせよ。)


そして、猫。
猫はいい。コトバがないからなのか、コトバが元々要らないほど自然なのか。 愛することの素直な姿を見る気がする。
目と目を交わし合い 気配をやりとりするだけで情がしっかり通じ合い、抱きあえば互いが強く愛し合っているのを実感できる

母が私に与えなかったもの、誰も私に与えないもの、
これからも私が人に対しては飢え続けるであろうものを、現在のところ猫だけが私に与えてくれる。

私が素直に愛することを受け入れてくれ、素直に愛情を返してくる愛しいもの。
 
でもこの愛しいものは、じきに私を置いて旅立ってしまう宿命のものでもあるのだが…
 


愛する父は2005年にこの世を去った。
私を愛さなかった母はまだ生きているが、癌だというから長くはないだろう。
母がこの世を去ったら初めて私は彼女を普通に愛することができるだろうか?











==============2012
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テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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