スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

火の鳥

高校生の頃、手塚治虫の「火の鳥」を初めて読みました。
原始時代に火口の奥で暮らす一家のシーンがありました。
若者が火口を内側からよじ登って外に出ようとする。
途中であまりに苦しくて自問自答する。手を離そうとする。
そこに火の鳥があらわれ、彼の問に
「あなたは今生きているのだから生き続けなければならない」 と囁く。衝撃的でした。

「意味」 などは元々存在しない。 
あらゆることに「意味」を求めるのは、人間という不完全な生物の病だろうか?
意味を求めなければ苦しみはないのだろうか?

猫も鳥も「意味」にしばられず、ただ”今”を生きているように見える。
人はそのようになれない生き物らしい。 これは自分自身を振り返り常日頃思うことだ。
「般若心経」は、だからこそ、ものごとへの意味づけ(「色」)を捨て去った「空」を夢想してみせるのだろう。

 
少女の頃に出会った、生と死の象徴である手塚治虫の火の鳥の言葉は、
その後ずっと自分の心の底で密かに響き続けている。
 

吉野弘の詩ではないが、生まれるということが英語では受動態なのは象徴的だ。
I was born.  
人は生まれさせられる。 自分で選んで此処にいるわけではない。
そして、有無をいわさずそこに在ることになってしまったからには
命をもぎ取られる時まで生き続けるしかないのだなぁと。

 
ならば生きることは 「諦め」か?
そう感じる瞬間がある。
不思議なことに、自分は、生きることの「意味」を問うたことはない気がする。
なぜ生きなければならない?と考えることはなかった。
もういいです、もう余命を返上しますから、あの人とアノ人と猫に分配してください、と神様にお願いすることはあっても。
  
神様がまだ私の余命を所望しないから、
なかば諦めのような気持ちで「あの角までとりあえず」と思いながら、
のろのろと足を進めている
 
きっぱりと「あなたは生き続けなければならない」と私に言い渡し、背中を押してくれる火の鳥がいてくれたらいいのに。
 

 


      自作詩と随想  目次


スポンサーサイト

「つながる」

例えば女としての私にダイレクトな興味を持たれるよりも、
今の自分は 
私の 音 や 私の コトバ を通してつながれる人だけを 求めてるのだろう。
 
男とか 女とか 大人とか 子供とか 恋とか通り越して 
そういうとこから繋がってくれる人だけが ほしい

そういうのでしか 私の淋しさは埋まらない  


刹那が永遠
刹那がすべての真実
 

八木重吉の書いたように、「これを読んで (これを聴いて) 私をあなたの友にして下さい」
そういうこと。
 

自分の猫と心が通わせられるように誰かと情を通わせ合えるのなら それは素敵だ。
そんな繋がりら欲しいけど
哀しいかな、
人間にはコトバとか自意識などという邪魔なものがワンサカあるから
大抵の人はそれにスポイルされて、純粋に誰かとすんなり通じ合うことは難しい。
たぶん私も。
 


ぽくぽくひとりでついていた
わたしのまりを
ひょいと
あなたになげたくなるように
ひょいと
あなたがかえしてくれるように
そんなふうになんでもいったらなあ

(八木重吉)

 

それができないかわりに、その代償行為として
詩や 演奏した音楽 という自分の「作品」を通して抽象的につながりあうことを私は求めるのかな?
生身は痛い。生身は怖い。それでは傷つくことはあっても、多分満たされることはない。


猫と成立しているようなレベルでひとと何かを共有ができるのなら それが私の一番欲しいもの。
でもそれは奇跡みたいなもので手に入らない。
それが出来るのは本当の魂の片割れのような相手だけだ。
そんな人に私はこれまでの生涯で2人だけ出会ったけど 2人とも一緒にはなれない出会いだった。
腕をもぎ取られるみたいに別々に生きることになった。
恋だの情欲だの、そういう話じゃなかった。もっと根源的なものだった。
失ったあとに私の心はそこにフックされたまま 以後、他の誰にも同じようには動かされない。

  
だけど、音楽でもコトバでもいい、自分の「作品」というゲートを通じてなら、
違う意味で誰かに届くことが出来るかもしれない
生身でガチで向き合って心と心をわかちあうことはしないけれど
知らない誰かと
心の中に同じ「種」を共有しながら  交差することのない人生を歩む。
 
それはまるで
夜空を見上げて あの無数の星のひとつに自分の友達が棲んでいると信じることが出来た瞬間のように
私の心を励ましてくれるかもしれない。
そうだ。
「星の王子さま」の中で、王子様がバラの花に思いを馳せて語ったセリフのように。
  

私はもう そういうものしか求めていない。
 

私の心を動かすような音楽
私の心を動かすようなコトバ
私の心を動かすような○△□…
 
そして 私の何かが同じように 誰かの心の奥底に届くこと。
 

この文章はただの心のスケッチ。
 
 

なんていうかな・・・   
泣きたいけど泣けない
だから泣くかわりに 弾いている気がするのだ。
 
  

テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

訪問者
realtime view
現在の閲覧者数:
プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

カテゴリ
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。