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雀のかあさん <金子みすゞ>


子供が
子雀
つかまへた。
その子の
かあさん
笑つてた。
雀の
かあさん
それみてた。
お屋根で
鳴かずに
それ見てた。

  
 
 



なんという胸の詰まる詩だろう。


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ジャンル : 小説・文学

昨日はどこにもありません<三好達治>

昨日はどこにもありません

あちらの箪笥のひき出しにも

こちらの机の引き出しにも

昨日はどこにもありません




それは昨日の写真でしょうか

そこにあなたの立っている

そこにあなたの笑っている

それは昨日の写真でしょうか




いいえ

昨日はありません




今日を打つのは今日の時計

昨日の時計はありません

今日を打つのは今日の時計




昨日はどこにもありません

昨日の部屋はありません

それは今日の窓掛けです

それは今日のスリッパです




今日悲しいのは今日のこと

昨日のことではありません

昨日はどこにもありません

今日悲しいのは今日のこと




いいえ悲しくはありません

何で悲しいものでしょう

昨日はどこにもありません

何が悲しいものですか




昨日はどこにもありません

そこにあなたの立っていた

そこにあなたの笑っていた




昨日はどこにもありません
 






長田弘の「猫に未来はない」をふと連想する。
 
そう。過去などないのと同じ。
そして過去に近いも遠いもなく
それは ただのモニュメント…
 
「過去」となったものには、もはや私の心を動かす力はない
(2011/8/22)





 

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或る墓碑名 <高村光太郎>


一生を棒に振りし男此処に眠る。

彼は無価値に生きたり。

彼は唯人生に偏満する不可見の理方に貫かれて動きたり。

彼は常に自己の形骸を放下せり。

彼は詩を作りたれど詩歌の城を認めず、

彼の造形美術は木材と岩石との構造にまで還元せり。

彼は人間の卑小性を怒り、その根元を価値観に帰せり。

かるが故に彼は無価値に生きたり。

一生を棒に振りし男此処に眠る。
 
 
 

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雨<八木重吉>

雨のおとがきこえる

雨がふっていたのだ



あのおとのようにそっと世のためにはたらいていよう

雨があがるようにしづかに死んでゆこう
 
 
 
 

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死ねば <高村光太郎>


死ねば死にきり。
自然は水際立ってゐる






高校1年の時に出会って、あまりの鮮烈さに心に焼き付いた詩。

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ぼろぼろな駝鳥 <高村光太郎>

何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。

動物園の四坪半のぬかるみの中では、

脚が大股過ぎるぢやないか。

頸があんまり長すぎるぢやないか。

雪の降る国はこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。

腹がへるから堅パンも食ふだらうが、

駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。

身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。

瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。

あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。

これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。

人間よ、

もう止せ、こんな事は。
 



引用

光太郎=智恵子抄だと思っている方に。

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黄泉坂

刻々と日々が過ぎてゆく
目眩がするような
漆黒の井戸の底の中で
音楽だけが
蜘蛛の糸のように私を支える
 
 
振り返るな
 
イザナギとイザナミのように
黄泉の坂を転げ落ちるから
 
 
過去に
近いも遠いもない
それは
リアルでなくなった
モニュメントにすぎぬ
 
 
だから
振り返るな
 

たとえ前が見えずとも
 

 


2011.8.17 


テーマ : 自作詩
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土<三好達治>

蟻が

蝶の羽をひいて行く

ああ ヨットのやうだ
 

 

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蜻蛉

それは
綺麗すぎて
永くは続かぬ
切ない命だ
夢のごとく


孕んだ卵は
しかし
私の中にいきづいている

   
喪われた夢は
いつか 孵化し
私の言葉となり
音楽となるだろう
 

 


2011.Aug


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ジャンル : 小説・文学

理屈っぽい小学生

小学校の時。

理科で人間が色を知覚するしくみについて習った。

人間の目が特定の波長の光に感応して、「赤」く見えたり「緑」に見えたり、というやつ。
小学生だった私の悩みはその日から始まった。

光線のなかのある波長のものを反射するから、ある特定の色と感じるのなら、
私が赤いと言っている色は、本当はどんなものなの?

自分が赤と呼んでいる色と、
他の人が赤と呼んでいる色は本当に同じなの?

私が感じているのと同じような色に
他人が感じている保証はどこにもないのでは?

色だけじゃない、
知覚というものがそういうものならば、
物質の本体を確認するには何に頼ればよい?
あらゆる知覚は脳の情報処理を経てから認識されるわけで、
それならば
そういう情報処理を経る以前の物体の「すがた」は確認できないではないか?

私の「青」は
あの人の言っている「青」とは違うかもしれない。



では あの人と私が「青」というコトバでやりとりして了解したつもりになっているのは
幻想かもしれないわけだ。
なにもかもが相対的で不確かなのだ。



私は自分なりの納得できる答えが見つからない問いに対して何年でも考え続ける癖がある。
「まぁいいや」と看過できない。
要は「執念深い」のだ。


さて、そうやっていつまで悩んだろう。


14~5歳の頃だったろうか? 自分なりに納得したのはこのような解釈だ。


私にとっての「青」と
あの人にとっての「青」は、
言葉は同じでも
指し示す意味が食い違うかもしれない。
しかし
私にとっての「青」と
私にとっての「緑」は
絶対的に異なる。
つまり、その差分だけは
確実にこのふたつの間には距離があり差がある。

だから・・

少なくとも、その差の分が存在する、ということは
揺るぎないものと信じてもよいのではないだろうか?



といったようなこと。


ああ、なんと理屈っぽい少女だったろう。
今もこのしつこさは健在ではあるが、
少しはいいかげんになれたかもしれない、と思う今日この頃。



そういえば、母親が言っていた。

幼児期に私が言ったという台詞。

「神様は氷のお城に住んでいる。
 神様がいるかいないかは
 そこに行ってみなければ
 わからない。」




やはり随分と理屈っぽい幼児だったらしい。
しかし、かわいくないね。





初稿 2005年


      自作詩と随想  目次


 

テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

言霊(ことだま)

その心の狂おしい動きに
軽々しく名前をつけるな
「愛」だとか
「憎しみ」だとか

 
ひとたび名札をつければ
それは言霊を帯びて
ひとり歩きする 

 
名付けないことは
鍵を掛けること
 
迷い出ようとする亡霊を
封印すること
  
蜃気楼は
あなたを迷路にいざなうから
 
 
あなたは
喪ったのではなく
もとから
そこにあったのが「空虚」に過ぎず
すれ違う互いの飢えが
夜中の合わせ鏡のように
互いに違うものを
心に映しあっていただけかもしれぬ
  
だから
 

名付けるな
軽々しくその封印を解くな
 




2011 Aug 


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黒いランドセル

昔々、その昔。

小学生になったとき、私は「黒いランドセル」を与えられた。
3つ年上の姉のときはピンクのランドセルだったのに。

母親の台詞を覚えている。

「男の子だから黒、
 女の子だから赤と決めるのはおかしい。」


だから私には黒いランドセル?

小学校へ通う途中で、学校の中で、
他人の好奇の視線を浴びながら
私は黒いランドセルで学校に通った記憶がある。 
別に 赤いランドセルが欲しかった、と
思ったわけでもないのであるが、
やはり、他人の視線の集中は負担だった。

授業参観の日。
私はランドセルのベルトを締めるのが
他の子供より少し遅かった。

その日、帰宅してから、それが早くできるようになるまで
何度も母親に「練習」させられたのだった。

その、「黒いランドセル」で。



今なら言えたのだが。

「男の子だから黒、
 女の子だから赤と決めるのは
 確かにおかしいかもしれない。

 でも、だからといって
女の子に 黒 を持たせれば解決するのか?

 それを言うのならば
小学生にはランドセル、と決めるのが
 そもそもオカシイ、ってことに
 何故 ならない?

 全然 論理的じゃないよ」

と。

しかし かなしいかな。
小学1年生の子供に、
そんな理屈をコトバにしてみせる芸当は
できなかった。

もやもやとした
納得できない感情を
内に秘めつつ
緊張しながら学校に通った
遠い日々。

母親のイデオロギーの実験台にさせられた
ある娘の話である。



2005年8月17日初稿





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プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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