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鎮魂歌<木原孝一>






           鎮魂歌


                木原 孝一



弟よ おまえのほうからはよく見えるだろう
こちらからは 何も見えない



昭和三年 春
弟よ おまえの
二回目の誕生日に
キャッチボオルの硬球がそれて
おまえのやわらかい大脳にあたった
それはどこか未来のある一瞬からはね返ったのだ
泣き叫ぶおまえには
そのとき 何が起こったのかわからなかった



一九二八年
世界の中心からそれたボオルが
ひとりの支那の将軍を暗殺した そのとき
われわれには
何が起こったのかわからなかった

昭和八年 春
弟よ おまえは
小学校の鉄の門を 一年遅れてくぐった
林檎がひとつと 梨がふたつで いくつ?
みいっつ
子山羊が七匹います 狼が三匹喰べました 何匹残る?
わからない わからない
おまえの傷ついた大脳には
ちいさな百舌が棲んでいたのだ


一九三三年
孤立せる東洋の最強国 国際連盟を脱退
四十二対一 その算術が出来なかった
狂いはじめたのはわれわれではなかったか?


昭和十四年 春
弟よ おまえは
ちいさな模型飛行機をつくりあげた
晴れた空を 捲きゴムのコンドルはよく飛んだ
おまえは その行方を追って
見知らぬ町から町へ 大脳のなかの百舌とともにさまよった
おまえは夜になって帰ってきたが
そのとき
おまえはおまへの帰るべき場所が
世界の何処にもないことを知ったのだ


一九三九年
無差別爆撃がはじまった
宣言や条約とともに 家も人間も焼きつくされる
われわれの帰るべき場所がどこにあったか?


昭和二十年
五月二十四日の夜が明けると
弟よ おまえは黒焦げの燃えがらだった
薪を積んで 残った骨をのせて 石油をかけて
弟よ わたしはおまえを焼いた
おまえの盲いた大脳には
味方も 敵も アメリカも アジアもなかったろう
立ちのぼるひとすじの煙りのなかの
おまえの もの問いたげなふたつの眼に
わたしは何を答えればいいのか?
おお
おまえは おまえの好きな場所へ帰るのだ
算術のいらない国へ帰るのだ



一九五五年
戦争が終わって 十年経った
弟よ
おまえのほうからはよく見えるだろう
わたしには いま
何処で 何が起こっているのか よくわからない




 





この詩にまつわる父とのエピソードを綴ったエッセイ → 「鎮魂歌」~木原孝一さんのこと

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時代の囚人(抜粋)<黒田三郎>

  II
 
 
たったひとつのビイ玉でさえも
それが失われたとき
胸には大きな穴があいている
ああ
忘れた頃になって
ビイ玉は出てくる
ほこりのたまった戸棚の裏から
出てくるものは
それは
ひとつのビイ玉にすぎぬ
涙ぐんで
ときには涙ぐみもしないで
胸にあいた大きな穴をふさぐには
あまりにもありふれた
あまりにも変わりのない
ひとつのビイ玉を
掌にのせて
青く暮れてゆく並木の下で
どぶ臭い敷石の上で
ぼんやり立っていたことが
あったかなかったか

 
 
  
                       詩集「時代の囚人」より
 
 
 

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ああ <黒田三郎>

ああ あんなにも他愛もなく
僕自身によってさえやすやすと
欺されてしまったのに
僕には
僕を欺すことさえ出来ない
なんて
 
 
呟いたとたんに帽子が風にとんで行った
微笑
冷たい夕暮れの風が
僕の唇から微笑を盗みとる
木の葉がざわざわ鳴っている
 
 
                 詩集「失われた墓碑銘」より
 
 
 
 

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夜の窓<黒田三郎>

深夜
窓がことこと音をたてている
しめ忘れたひとつの窓
 
おくれ毛をかき上げながら
しめ忘れたひとつの窓をしめる
頭蓋骨に空いたひとつの窓
 
純白の部屋の中の純白のベッド
いつのまにかまた窓があいている
ことこと音をたてている
 
深夜
遠い櫟林のなかの公衆電話室に
灯がついている
たれもいない公衆電話室に灯がついている
 
 
 
 
                  詩集「失われた墓碑銘」から
 

 
 

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木の椅子 <室生犀星>

人は夕ばえのなかに去り
君は神のみ脛を踏んだ。
そのため、肺を悪くして逝った。
君は何度も庭の木の椅子の上にねむった。
子供だと思って人は君を對手にしない。
對手にしないから君はねむった。
その君の姿はわが庭にある。
誰もそれをさまたげはしない。
立原よ
今夜も泊っていってくれ。


                  室生犀星

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月夜の浜辺 <中也>

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に 落ちてゐた。


それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。


月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。


それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
   月に向かってそれは抛(はふ)れず
   浪に向かってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。


月夜の晩に 拾ったボタンは
指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?



........................................(中原中也「在りし日の歌」より)

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白いロケットがおりた街<別役実>

 白い小さなロケットが、その町の真夜中の飛行場に、音もなくフンワリと着陸しました。
遠くで管制塔のあかりが、二、三度チラチラとまたたきましたけれども、またすぐ、ふっと消えてしまいました。

「もしかしたら、みんなもう眠ってしまったのかもしれない……」

 白い小さなロケットは、砂漠のように静かな飛行場の中で、星空を見上げてホッとため息をつきました。その星空のはるかむこうにある小さな星を、何年か前、その白いロケットは勇ましく出発してきたのでした。

「気をつけて行っておいで」

 見送ってくれた人々の心配そうに言ってくれた言葉が、ひどく懐かしく思い出されます。
 長い長い航海でした。白いロケットは、まるでイナズマのように、星たちの間を走り抜けてきましたが、それでも広い宇宙にとってみれば、カタツムリのように遅かったのです。
 丈夫だったロケットも、途中で何度か故障を起こして、最後には悪い猟師に羽を撃たれた可哀そうな小鳥のように、あえぎあえぎ、やっとその街の飛行場に着いたのでした。

「ともかく、無事に着けてよかった……」

 白いロケットは、あたりを見まわしながらもう一度大きくため息をつきました。

「でも……何故誰も居ないんだろう……? どんなに夜遅くなったって、誰か一人くらい起きて見張っていてもいい筈なのに……」

 誰も居ません。飛行場のはずれにある海のほうから、霧がゆっくりと地面をはって、ロケットのほうへ近づいてくるだけです。そうです、そこは、白いロケットの考えも及ばないほど、小さな街の小さな飛行場だったのです。

 小さな格納庫の中で今は眠っている小さな飛行機が、一日一回、山ひとつ向こうの街へ、郵便物を届けて帰ってくると、あとはもう何ひとつ用がないのです。

「しようがない、明日の朝まで眠ろう……」

 白いロケットは、小さな星のほうを見上げて「おやすみなさい」とつぶやくと、ひとつ体をブルッとふるわせて、そのまま眠ろうとしました。霧がもうロケットの足元まで押し寄せてきて、恐る恐るさわってみたりしています。

「こいつらはいったい何なんだろう……?」

 ロケットは、ちょっと気味悪そうに下を見て、それからビックリしました。白いロケットの足元のあたりに小さなひび割れがあって、そこから真っ黒い血のような油が、ゆっくりとにじみ出ていたからです。

「これは大変だ、早いとこ助けを呼ばなくちゃあ……」

 白いロケットは、どうかするとそのままバラバラと崩れ落ちてしまいそうな各部品をしっかりと締め直して、ふるえる指先で無線機のキイを叩きました。

「モシモシ、モシモシ、ミナサン、オキテクダサイ、コチラシロイロケット、コチラシロイロケット、タダイマトウチャクシマシタ、タダイマトウチャクシマシタ、タスケテクダサイ、ケガヲシテオリマス、タスケテクダサイ、ケガヲシテオリマス……」

 ロケットの頭のテッペンから、ささやくようなかすかな電波がにじみ出て、それが静かに、そして次第に、夜空いっぱいに広がり始めました。

「モシモシ、モシモシ、ミナサン、タスケテクダサイ、トオクカラヤッテキマシタ、ナガイナガイコウカイヲシテ、イマツキマシタ、ケガヲシテオリマス、タスケテクダサイ、タスケテクダサイ……」

 電波は、まず管制塔のアンテナをふるわせ、電線を伝って無線室に入りこみ、その部屋の受信機をカチカチと叩きました。受信機の隣につながったタイプライターが、忙しく働き出し、「タスケテクダサイ、タスケテクダサイ……」と何度も何度も、白い紙に書き続けました。でも、残念なことに、その無線室には、誰も居なかったのです。
 他の電波は、もっと大きく飛んで、街の真中にある郵便局のアンテナにすいこまれました。そこで今度は、郵便局の無線事務室にある受信機がカチカチと音をたて、その隣のタイプライターが、「タスケテクダサイ、タスケテクダサイ……」という文字を、白い紙の上に、びっくりしたように叩き始めました。しかし、その無線事務室にも、誰も居なかったのです。
 そうです。その街の人々は、みんなぐっすり眠っておりました。白いロケットから発信
された電波は、次第に弱まり、夜明け近くになって、プツリととぎれてしまいました。

 次の朝早く、市長室の電話がけたたましく鳴りました。
「もしもし、市長ですが……」
 市長さんは受話器を取ると、眠そうな声を出しました。
「市長さんですか、おはようございます。私は郵便局の無線技師です。大変なことが起き
ました。ここの無線事務室に知らせがあったのです。白いロケットが助けを求めているのです。助けて下さい、助けて下さいって、三百六十回も、言っているのです。これはよほど大事件ですよ」

「それで……、その白いロケットってのは何処にあるんだね……?」
「さあ、それはどうも……」
「それじゃ、話にならないよ」

 市長さんは、ガチャンと電話を切ってしまいました。市長さんというのは、朝はいつでも御機嫌が悪いのです。 しかし、電話はまたかかってきました。

「もしもし、市長さんですか、おはようございます。私は管制塔の無線係です。白いロケットが助けを求めています。助けて下さいって、三百六十回も言い続けてたのです」
「しかし、その白いロケットが何処にあるのかわからないんだろう?」
「いいえ、ここから見えます」
「見える?」
「ええ、飛行場の真中に、白いタケノコみたいにはえています。あれがきっと、そうです
よ」
「よし、行ってみよう」

 市長さんは受話器をおくと、しばらく考えてお医者さんと機械技師に電話をかけ、飛行場へすぐ来るように言っておいてから、帽子とステッキを持って市長室を出ました。
 良いお天気でした。飛行場に着くと、誰に聞いたのか、もう何人か街の人々がやって来ていて、遠くからこわごわと、白いロケットを見ております。ロケットは、朝露にぬれた体に朝日をいっぱいに浴びて、桃色にキラキラと輝いていました。

「何てきれいなんだろう……」

 市長さんが近づこうとしますと、街の人々がみんなでとめようとします。

「ねえ、市長さん、気をつけたほうがいいですよ。もしかしたら、あれはバクダンかもしれませんからね」
「いや、そうじゃない、あれは白いロケットさ」

 市長さんは、無線技師から聞いたことを話してやりました。

「あの中には人が居て、怪我をしていて、我々に助けを求めているんだよ」

 やがて道具箱を抱えた機械技師と、薬の入ったかばんを下げたお医者さんが走ってきました。

「さっそく仕事を始めよう。ひどい怪我らしいからね。夜の間ずっと助けを呼んでいたん
だ。まず君は、ロケットを開けて、中の人を出してくれ給え」
「しかし……」
 いわれた機械技師は、首をかしげました。
「どうやって開けるんでしょう。入口のようなものが見当たりませんが……」
「そうだね……」

 市長さんは、ロケットのまわりをひとまわりしてみました。確かに入口はありません。
「しかたがない、そのつぎ目のところに何かさしこんで、はいでみたまえ。とにかく急ぐんだよ」
「待って下さい、市長さん」

 管制塔の無線係が口をはさみました。

「ねえ、このロケット、何か一所懸命に話しかけてるみたいな気がするんですが……」

 みんな耳を澄ましました。確かに、誰かが何かを必死になって話しかけているみたいな気配がします。しかし、何も聞こえません。

「波の音さ。その他には何も聞こえなかったよ。やってみたまえ」

 機械技師は、ドライバーを継目のところに突っ込みました。真っ黒い血のような油がいきなり噴き出して、その時、やっぱりみんな悲鳴のようなものを、聞いたような気がしました。

「何か聞こえたかい?」
「いいや、聞こえなかった。でも、聞いたみたいな気はしたよ」
「どうします、市長さん?」
 機械技師は手をやすめてききました。
「何かひどく可哀そうなことをやってるみたいな気がしてならないんですが……」
「何故だね。我々は、中に居る人を助けるためにやっているんじゃないか。いいから早く
やりたまえ」

 継目板がはがれると、機械のようなものがぎっしりつまった内側が見えて、またもや真っ黒い血のような油が、どっとあふれ出ました。その頃になるとみんな顔をしかめて、何故か、いじめられている子供を見るに見かねているような目をして、それをとりまいていました。中には、子供の泣き声を聞きたくない人のように、必死になって耳を押さえている人まであります。

「その中の、丸いものを開くんだ。きっと、その中だよ」

 さすがの市長さんも青白い顔をして、させたくない注射を、無理にしなければならないお医者さんのように、声をふるわせて言いました。機械技師も、今は夢中になって、仕事にかかります。
 その時でした。飛行場のはずれから、郵便局の無線技師が、自転車に乗って、手に持った手紙をヒラヒラさせながら、走ってきたのです。

「市長さん、聞いて下さい」
 自転車から飛びおりると、無線技師は息をはずませながら言いました。
「うちの無線事務室に、この白いロケットからの通信が届いたのです。このロケットは、電波でしか話せないのです。」
「電波でしか話せない?」
「そうです、声は出ないんですよ」
「なるほど、そうだったのか、それで……?」
「実は、気をつけなくちゃいけません。この白いロケットは、この人の乗り物ではなくて、この人の体なのです」
「何だって?」
「この白いロケットそのものが、この人なのです。中には誰もいません」
「しまった。おい、やめるんだ」


 市長さんは慌てて叫びましたけれども、もう、その時は遅かったのです。機械技師は、ロケットの中にあった丸いものに、ちょうど大きな穴をあけたところでした。ガラウンドウの中から、ほっとためいきのようなものがもれて、人々の見守る中へ、青白い風船のようなものが、ぼんやりと現れました。

「何だろう、これは……?」
たましいですよ、市長さん。今、この白いロケットは死んだんです……」

青白い風船のような、白いロケットのたましいは、人々の頭の上で哀しそうに二、三度首を振って、それからゆっくり、上のほうへ登ってゆきます。

「何てひどいことをしてしまったんだろう……」

 市長さんは、帽子をとってうつむきました。

「見てください、市長さん」

 郵便局の無線技師は、手にした白いタイプライター用紙を見せました。

「これは、この白いロケットの悲鳴ですよ。きっと、ひどく苦しかったんです」
 白いタイプライター用紙には、これまで人々が聞いたことのある、ありとあらゆる悲鳴が、活字体でビッシリ、書いてあったのです。


 市長さんも、機械技師も、お医者さんも、管制塔の無線係も、郵便局の無線技師も、それから街の人々も、ゆっくりと上がってゆく白いロケットのたましいを、いつまでも、いつまでも見送っておりました。





淋しいおさかな (PHP文庫)淋しいおさかな (PHP文庫)
(2006/09/02)
別役 実

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別役実童話集「淋しいおさかな」の一番最後にあるお話。
 
この童話集は不思議な淋しさに満ちている。淋しさといってもセンチメンタルなそれではなく、もっと乾いた感じだけれども。
悪意の人は出てこないのに結末が淡々と淋しかったり。
 
この「白いロケットの降りた街」にも、人々の「善意」が満ち溢れている。
なのにこの結末。 
 
忘れ得ぬ印象的な本。私の宝物のうちのひとつである。




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私がほしいものは

私がほしいものは
宝石でも 服でも
高級ワインでもありません
  
 
私がほしいものは
あなたが大切にしている一冊の本
私がほしいものは
あなたの心を震わせた音楽
私がほしいものは
心をつなぎながら一緒に過ごす静かな時間
  
 
私がほしいものは
あなたの奥で密かに息づく あなたの魂のかけら
 
 
 

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わたしを束ねないで <新川和江>

私を束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
たばねないでください 私は稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂


わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽ばたき
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音


わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水


わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風


わたしを区切らないで
,(コンマ)や.(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

 
 
 
 

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ふゆのさくら <新川和江>

おとことおんなが
 
われなべとじぶたしきにむすばれて

つぎのひからはやぬかみそくさく

なっていくのはいやなのです

あなたがしゅろうのかねであるなら

わたくしはそのひびきでありたい

あなたがうたのひとふしであるなら

わたくしはそのついくでありたい

あなたがいっこのれもんであるなら

わたくしはかがみのなかのれもん

そのようにあなたとしずかにむかいあいたい

たましいのせかいでは

わたくしもあなたもえいえんのわらべで

そうしたおままごともゆるされてあるでしょう

しめったふとんのにおいのする

まぶたのようにおもたくひさしのたれさがる

ひとつやねのしたにすめないからといって

なにをかなしむひつようがありましょう

ごらんなさいだいりびなのように

わたしたちがならんですわったござのうえ

そこだけあかるくくれなずんで

たえまなくさくらのはなびらがちりかかる


 
 
 

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帰途<田村隆一>

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか


あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ


あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう


あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか


言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる




        田村隆一詩集『言葉のない世界』

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春の夜のひとりごと

あなたの幸せで心に灯がともること
差し上げたいと願うこと
 

猫のように
あなたの心にそっと寄り添うこと
あなたの宝物を一緒に守ること


あなたが幸福そうに微笑むために
差し上げられるものがあるならば
なんでも差し上げようと思うのに
悲しいかな
引き出しという引き出しをひっくりかえしても
何もみつかりません


わたしは 役立たず。
わたしは でくのぼう。
途方に暮れて涙ぐむ

 
 
 

 

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「鞠とぶりきの独楽」 より <八木重吉>

ぽくぽくひとりでついていた

わたしのまりを

ひょいと

あなたになげたくなるように

ひょいと

あなたがかえしてくれるように

そんなふうになんでもいったらなあ




    
----------------------「鞠とぶりきの独楽」 より抜粋








 

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庭を見つめる <谷川俊太郎>

私は知っている
君が詩を読まなくなったことを
書架にはかつて読んだ詩集が
まだ何十冊か並んでいるが
君はもうそれらの頁を開かない
 
その代わり君はガラス戸越しに
雑草の生い繁った狭い庭を見つめる
そこに隠れている見えない詩が
自分には読めるのだといわんばかりに
土に蟻に葉に花に目をこらす
 
「サリーは去った いずくともなく」
声にならぬ声で君は口ずさむ
自分の書いた一行か
それとも友人だった誰かのか
それさえどうでもよくなっている
 
言葉からこぼれ落ちたもの
言葉からあふれ出たもの
言葉をかたくなに拒んだもの
言葉が触れることも出来なかったもの
言葉が殺したもの
 
それらを悼むことも祝うことも出来ずに
君は庭を見つめている
 
 
 
 


            詩集 「私」 より
 
 



言葉 に疲れ  意味に疲れたと感じつつある自分の目に ふと止まった詩。
 




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プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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