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鏡 <高野喜久雄>

  何という かなしいものを
  人は 創ったことだろう
  その前に立つものは
  悉く 己の前に立ち
  その前で問うものは
  そのまま 問われるものとなる
  しかも なお
  その奥処へと進み入るため
  人は更に 逆にしりぞかねばならぬとは

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ジャンル : 小説・文学

独楽 <高野喜久雄>

  如何なる慈愛
  如何なる孤独によっても
  お前は立ちつくすことが出来ぬ
  お前が立つのは
  お前がむなしく
  お前のまわりをまわっているときだ
  しかし
  お前がむなしく そのまわりを まわり
  如何なるめまい
  如何なるお前の vieを追い越したことか
  そして 更に今もなお
  それによって 誰が
  そのありあまる無聊を耐えていることか

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きみはねこの友だちですか? (長田弘)

一ぴきのねこと
友だちになれたら
ちがってくる 何かが
もっと優しくなれるかもしれない
ねこは何もいわずに語る
はげしく愛して
ゆっくり眠る
きみはねこの友だちですか?
 
 
 胸のドアを開けなくちゃ
 ねこが きみの
 こころにはいれるように
 胸のドアを開けなくちゃ
 
 
一ぴきのねこと
友だちになれたら
ちがってくる 何かが
もっと自由になれるかもしれない
ねこは生きたいように生きる
ゆきたいところへ
すばやく走る
きみはねこの友だちですか?
 
 
 胸のドアを開けなくちゃ
 ねこが きみの
 こころにはいれるように
 胸のドアを開けなくちゃ
 

<心の中にもっている問題>所収 晶文社 
 

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街 (中江俊夫)

ここに街がある
だが わかっているものはなにもない
私はふり返って見なければならない
人がたっているかもしれないから
私はときどき目をつぶる
すると そのまま夜になってしまって
突然 ひろい海岸に出たりする


そこでは星もなく
水もなく 魚もいない 死んでしまって
そして私自身 ひょっとしたら
いないかもしれない
誰かが 私たち人間のことを
おしえたようだ
(君らなんか ずっとさきに)


ここに家並みがある
私が歩いてゆくのだ
私はなにを求めているのか いま
私はなにを失ったのか いつ――
(私の内に 街がある
 独りの
 別の 街がある)


                  詩集<魚のなかの時間>から

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夕方 (中江俊夫)

なにか

―――――

「それから」

と言おうとして

まだなにもいっていない

だれか

それをきいていたのだろう

「それから」   と

すぐうしろでひきつぎ

わたくしにかまわず話していく





わたくしはとまどいして

理由もないのに

仲間はずれにされた子供のように

この不意の人に

それでも  それをとがめることが出来ず

そのときの部屋に  もう

わたくしがいないのを感じる


                  詩集<魚のなかの時間>から

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夜と魚 (中江俊夫)

魚たちは 夜
自分たちが 地球のそとに
流れでるのを感じる
水が少なくなるので
尾ひれをしきりにふりながら
夜が あまり静かなので
自分たちの水をはねる音が 気になる
誰かにきこえやしないかと思って
夜をすかして見る
すると
もう何年も前にまよい出た
一匹の水すましが
帰り道にまよって 思案も忘れたように
ぐるぐる回っているのに出会う


                           詩集<魚のなかの時間>から

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汲む (茨木のり子)

           ―― Y・Yに―― 

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました


初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました


私はどきんとし
そして深く悟りました


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです



                     茨木のり子

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夕焼け (黒田三郎)

いてはならないところにいるような
こころのやましさ
それは
いつ
どうして
僕のなかに宿ったのか
色あせた夕焼け雲のように
大都会の夕暮の電車の窓ごしに
僕はただ黙して見る
夕焼けた空
昏れ残る梢
灰色の建物の起伏

美しい影
醜いものの美しい影


                      黒田三郎






夕暮れ



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夕暮れ (黒田三郎)

夕暮れの街で
僕は見る
自分の場所からはみ出てしまった
多くのひとびとを


夕暮れのビヤホールで
彼はひとり
一杯のジョッキをまえに
斜めに座る


彼の目が
この世の誰とも交わらない
彼は自分の場所をえらぶ
そうやってたかだか三十分か一時間


夕暮れのパチンコ屋で
彼はひとり
流行歌と騒音の中で
半身になって立つ


彼の目が
鉄のタマだけ見ておればよい
ひとつの場所を彼はえらぶ
そうやてったかだか三十分か一時間


人生の夕暮れが
その日の夕暮れと
かさなる
ほんのひととき


自分の場所からはみ出てしまった
ひとびとが
そこでようやく
彼の場所を見つけ出す



                  黒田三郎

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未来の仔犬 <谷川俊太郎>

ぼくを愛してくれる未来の仔犬が
岬の一軒家のテラスでしっぽをふっている
あいつに会える日がくるまで
ぼくはまいにち日記を書き続ける


ある日は森のトチの木のことを
ある日はこむらがえりになった脚のことを
またある日は美しいみなしごのことを
そしてぼくは少しずつ大きくなる


昨日ひとりで行ったプラネタリウムで
三万年前の星空を見た
ぼくの頭の上でそれはゆっくり回っていた
どうしてか涙が出てきた


ぼくがいなくなってしまう日にも
星はちゃんと輝いていて
もしかするとぼくの未来の仔犬は
ぼくのかたわらにいる



                   谷川俊太郎詩集「私」 思潮社

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花 (石垣りん)

   夜ふけ、ふと目をさました。


   私の部屋の片隅で

   大輪の菊たちが起きている

   明日にはもう衰えを見せる

   この満開の美しさから出発しなければならない

   遠い旅立ちを前にして

   どうしても眠るわけには行かない花たちが

   みんなで支度をしていたのだ。


   ひそかなそのにぎわいに。

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こんな静かな夜 (長田 弘 )

   先刻まではいた。今はいない。
   ひとの一生はただそれだけだと思う。
   ここにいた。もうここにはいない。
   死とはもうここにはいないということである。
   あなたが誰だったか、わたしたちは
   思いだそうともせず、あなたのことを
   いつか忘れてゆくだろう。ほんとうだ。
   悲しみは、忘れることができる。
   あなたが誰だったにせよ、あなたが
   生きたのは、ぎこちない人生だった。
   わたしたちと同じだ。どう笑えばいいか、
   どう怒ればいいか、あなたはわからなかった。
   胸を突く不確かさ、あいまいさのほかに、
   いったい確実なものなど、あるのだろうか?
   いつのときもあなたを苦しめていたのは、
   何かが欠けているという意識だった。
   わたしたちが社会とよんでいるものが、
   もし、価値の存在しない深淵にすぎないなら、
   みずから慎むくらいしか、わたしたちはできない。
   わたしたちは、何をすべきか、でなく
   何をなすべきでないか、考えるべきだ。
   冷たい焼酎を手に、ビル・エヴァンスの
   「Conversations With Myself」を聴いている。
   秋、静かな夜が過ぎてゆく。あなたは、
   ここにいた。もうここにはいない。

 

                      長 田 弘





ここにいた。もうここにはいない。
死とはもうここにはいないということである。

      なんと 切々と しかし静かなことばだろうか。
      そうなのである。
      死 とは いたものが 今 ここにいなくなる ということ
      ぽっかりと 最初から何もなかったかのように でも
      あなたを知っている私の心の目には
      それは 「あなたが欠けた」空間と映る
      その空白の分が 死。

      そして いずれ わたしも、また。 消えてなくなる。
      あなたの前から。
      私を知っていたあなたも また 消えてなくなる。
      そうして 関係が すべて 空に消えて行ったあとも
      なにごともなかったように
      世界は 進行するのです。


わたしたちは、何をすべきか、でなく
何をなすべきでないか、考えるべきだ。


      このひとの詩には
      いつも はっとさせられることばとの出会いがある。

      「人の品性は
       なにをするか ではなく
       なにをしないか で計られる」
      と 私は思う。 そんなことも 思い起こす。


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素朴な琴 (八木重吉)

この明るさのなかへ

ひとつの素朴な琴をおけば

秋の美くしさに耐えかね

琴はしずかに鳴りいだすだろう
  






秋

















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考える (2007)

 
 
私はなにに希望をつないでいる?
なにを信じている?
なにを信じていない?
なにを失いたくない?
 
 
なににこんなに怯えているのかしら?
 
 
私の中の他者が笑う
なんたる「茶番」かと。
かまうものか。
 
理由はちゃんと ある
私自身が納得するため。
何に?
 
 
私をぐだぐだに貶めた
あなたがた それぞれの「事情」
その中で
私はどこにどう位置づけられていたのです?
 
わたしは あなたがたにとって 誰?
 
人間?
石ころ?
空気?
 
 
私が何を軽蔑し 何に傷つき 何を許しがたいと感じ
一生許したくないと感じたものが 
何なのか
それをなぜ許せないか
 
 
 
考えて、考えて、
自分のこのかたちにならぬココロを
みつめて みつめて
気が変になるぐらいみつめて
 
 
 
 
ほかの誰にもわかることはできぬ それ を
せめて私自身だけは わかりたい。
 
 
そういうこと。
 
 
 






=========================== 2007年11月

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ムジカ

寝ても覚めても
頭の中を占拠している
音楽が鳴り続けて 夢の邪魔をする
目覚めても そのまま続く
夢のあと先の情念

この身悶えするような想いで
破裂するまえに
楽器よ 助けて
声を与えて


でも これでは 届かない
まるで 届かない
情けない私の「声」
ただひとり音と向きあう

耳を澄ませて
深呼吸して
深い想いをもっと追い込んで
どこまでも追いつめて

弾き続ける
きりきりと 
きりきりと
身を灼きながら

探す 探す
深海の中で 手探りする

お月様
手の届かない お月様








2010年





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喪失 (2007)

人であれ 猫であれ
大切なものとの別れは
共有していた人生の「時」を一緒に失うこと

共有していたはずの 人生と
共有してゆくはずだった 未来。
消し飛んでしまったあとの空洞を
反芻する日々です

それは どういう意味なのかを
見極めたくて
立ち去れずに 此処にいる
立ち去るべきだったのに


消し飛んだかけらたちは 
もとどおりにはならぬが
誰かの愛に包まれて生きるだけが
人生の幸せではないはずだ


そうだ
わたしは 自分で自分を満たす
自分ひとりで自分を愛してゆこう


さあ。
乾いたさみしさは
心の隅の箱に放り込んで
鍵をかけて歩き出そう








そして 今 音楽に辿り着いたのです。
いえ 原点に戻ったといったほうが正確です。
今 わたしは 自分で自分を満たす
自分ひとりで自分を愛していこうと思う。

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不思議な石臼


私の心は 
停まらなくなった石臼

光の見えない
深い深い海の底に沈んでもなお
真っ黒な毒を吐き出し続ける
永遠に停まらない石臼
 
 
 
自分の吐き出す毒にまみれ
周囲を真っ黒に染めながら
どこまでも
どこまでも
深みに沈んでいく
醜い石臼



       2007.01.11

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虚空

私の心は 中空でとまったままだ
力を抜いたら
底なしの闇に落ちてゆきそうで
必死で懸垂してる

やわらかいベッドでぼーとする
無防備な幸福感につつまれる
無邪気に笑い転げる
そんなものに
焦がれ焦がれて
心が痙攣しはじめる

鎧を着ながら取り繕う
「穏やかな日常」

写真立ての中の
こぼれるような笑顔

たった6年前の私の写真



   2003.08.20

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意味

私が知りたかったのは「意味」
 

あなたが私を抱くことの「意味」
あなたが私と今居ることの「意味」
あなたの口づけの「意味」
あなたが私を好きという「意味」
あなたが愛しているという「意味」
あなたにとっての私という「意味」
あなたと私の未来の「意味」
 

そうして
 

私があなたを好きという「意味」
私があなたと居るという「意味」
私があなたを愛しているという「意味」
 

私が幻なのか
うつつなのかすら
あやうくなった今
 

私の足下にあるこの地面は
信頼できる地面なのか
それとも 存在しない蜃気楼なのか
 

それすらわからなくなった今
 

私はただ ただ
意味 に焦がれる。
意味の消滅が 私の消滅だから


  2003.04.17

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失われてゆくもの

失われてゆくもの
それは
鏡の中の私

13歳の頃 映ったもの それは
上気した美しい頬
おそれを知らぬ目
生とは果てしなく
先の見えぬトンネルだった頃


20歳の頃 映ったもの それは
誰にが羨望する輝かしい肉体
ゆらぎながらも傲慢な瞳
 

鏡に映った
いっときの幻
蝋燭の灯たち

いつか
灰と消えてなくなる
うたかたの 輝き


いつか 鏡が静かになるとき
そこに映るのは
ただ冬の青い空だろうか


美しい美しいどこまでも広がる空
かすかに上空で鳴る風の遠吠え
胸をかきみだす冬のヒヨドリの声






2001.03.23

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プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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