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三月のうた<谷川俊太郎>

 
         わたしは花を捨てて行く

         ものみな芽吹く三月に

         私は道を捨てて行く

         子等のかけだす三月に


 
         わたしは愛だけを抱いて行く

         よろこびとおそれとおまえ

         おまえの笑う三月に



谷川俊太郎 『三月のうた』 (未刊詩集『祈らなくていいのか』収録)

武満徹による作曲で歌になっています。








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信じる<谷川俊太郎>

笑うときには大口あけて
おこるときには本気でおこる
自分にうそがつけない私
そんな私を私は信じる
信じることに理由はいらない


地雷をふんで足をなくした
子どもの写真目をそらさずに
黙って涙を流したあなた
そんなあなたを私は信じる
信じることでよみがえるいのち


葉末(はずえ)の露(つゆ)がきらめく朝に
何をみつめる小鹿のひとみ
すべてのものが日々新しい
そんな世界を私は信じる
信じることは生きるみなもと


     (谷川俊太郎)

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生きる<谷川俊太郎>

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること


あなたと手をつなぐこと


生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと


生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ


生きているということ
いま生きているということ


いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ


いまいまがすぎてゆくこと



生きているということ
いま生きてるということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ


人は愛するということ


あなたの手のぬくみ
いのちということ








ジュニアポエム双書14「地球へのピクニック」より
企画・編集 銀の鈴社
発行 教育出版センター




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かなしみ<谷川俊太郎>

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい
透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった

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九月のうた<谷川俊太郎>

あなたに伝えることができるのなら
それは悲しみではありはしない
鶏頭が風にゆれるのを
黙ってみている
 
 
あなたの横で泣けるのなら
それは悲しみではありはしない
あの波音はくり返す波音は
私の心の老いてゆく音
 
 
悲しみはいつも私にとって
見知らぬ感情なのだ
あなたのせいではない
私のせいでもない
 
 
 

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殺す <谷川俊太郎>

殺す
コレラ菌が殺す
殺す
ダンプカーが殺す電車が殺す
仕事が殺す女が殺す金が殺す
親が殺す子が殺す
殺す
不幸が殺す
殺す
幸せが殺す
六十年かかって殺す
知らぬまに殺す
あなたが殺す
あなたを

 
 
 
          詩集「落首九十九」所収

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ころころ<谷川俊太郎>

ころころと
心はころがる
あっちへ
こっちへ
 
ころがってぶつかる
あっちの心と
こっちの心
 
だが時に
一瞬に溶けあう
朝の光に艶めく
みどりの葉の上で
 
ふたしずくの
露のように
 
 
                     詩集「魂のいちばんおいしいところ」




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わたしの捧げかた<谷川俊太郎>

絵は窓なのよ わたしにとって
わたしは世界を眺めるの
映画は夢なの わたしにとって
わたしはすぐに忘れてしまう
本はカタログ わたしにとって
わたしはいつか世界を買うわ(多分月賦で)
でも歌は歌なの いつもいつも
わたしは小鳥に負けないわ
そしてあなたはあなたなの
わたしにわたしの捧げかたを教えてください
幸福なんてなんてもないのよ
不幸なんてなんてもないのよ
わたしがわたしになれるなら
 

                  詩集「魂のいちばんおいしいところ」 より

 

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庭を見つめる <谷川俊太郎>

私は知っている
君が詩を読まなくなったことを
書架にはかつて読んだ詩集が
まだ何十冊か並んでいるが
君はもうそれらの頁を開かない
 
その代わり君はガラス戸越しに
雑草の生い繁った狭い庭を見つめる
そこに隠れている見えない詩が
自分には読めるのだといわんばかりに
土に蟻に葉に花に目をこらす
 
「サリーは去った いずくともなく」
声にならぬ声で君は口ずさむ
自分の書いた一行か
それとも友人だった誰かのか
それさえどうでもよくなっている
 
言葉からこぼれ落ちたもの
言葉からあふれ出たもの
言葉をかたくなに拒んだもの
言葉が触れることも出来なかったもの
言葉が殺したもの
 
それらを悼むことも祝うことも出来ずに
君は庭を見つめている
 
 
 
 


            詩集 「私」 より
 
 



言葉 に疲れ  意味に疲れたと感じつつある自分の目に ふと止まった詩。
 




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時 <谷川俊太郎>

 あなたは二匹の
 うずくまる猫を憶えていて
 私はすり減った石の
 階段を憶えている


 もう決して戻ってこないという
 その事でその日は永遠へ近づき
 それが私たちを傷つける
 夢よりももっととらえ難い一日


 その日と同じように今日
 雲が動き陽がかげる
 どんなに愛しても
 足りなかった




              ~詩集「手紙」より~



 

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鳥  <谷川俊太郎>

鳥は空を名づけない
鳥は空を飛ぶだけだ
鳥は虫を名づけない
鳥は虫を食べるだけだ
鳥は愛を名づけない
鳥はただふたりで生きてゆくだけだ


鳥は歌うことを知っている
そのため鳥は世界に気づかない
不意に銃声がする
小さな鉛のかたまりが鳥を世界からひき離し鳥を人に結びつける
そして人の大きな嘘は鳥の中でつつましい真実になる
人は一瞬鳥を信じる
だがその時にさえ人は空を信じない
そのため人は鳥と空と自らを結ぶ大きな嘘を知らない
人はいつも無知に残されて
やがて死の中で空のために鳥にされる
やっと大きな嘘を知り やっとその嘘の真実なのに気づく



鳥は生を名づけない
鳥はただ動いているだけだ
鳥は死を名づけない
鳥は動かなくなるだけだ

空はいつまでもひろがっているだけだ



10代の頃に出会って 心に刻まれた、この詩。
 

だけど アンビバレンスのかたまりのような わたくしは
鳥のように 生きることは できていない

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未来の仔犬 <谷川俊太郎>

ぼくを愛してくれる未来の仔犬が
岬の一軒家のテラスでしっぽをふっている
あいつに会える日がくるまで
ぼくはまいにち日記を書き続ける


ある日は森のトチの木のことを
ある日はこむらがえりになった脚のことを
またある日は美しいみなしごのことを
そしてぼくは少しずつ大きくなる


昨日ひとりで行ったプラネタリウムで
三万年前の星空を見た
ぼくの頭の上でそれはゆっくり回っていた
どうしてか涙が出てきた


ぼくがいなくなってしまう日にも
星はちゃんと輝いていて
もしかするとぼくの未来の仔犬は
ぼくのかたわらにいる



                   谷川俊太郎詩集「私」 思潮社

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からだの中に

からだの中に
深いさけびがあり
口はそれ故につぐまれる

からだの中に
明けることのない夜があり
眼はそれ故にみはられる

からだの中に
ころがってゆく石があり
足はそれ故に立ちどまる

 
からだの中に
閉じられた回路があり
心はそれ故にひらかれる

 
からだの中に
いかなる比喩も語れぬものがあり
言葉はそれ故に記される

からだの中に
ああからだの中に
私をあなたにむすぶ血と肉があり

人はそれ故にこんなにも
ひとりひとりだ


高校の頃、
父親の書斎に、谷川さんの初版、サイン本があって その中でみつけて 
一瞬にして焼き付いた詩




トラックバックテーマ 第885回「好きな「詩」はありますか?」





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私が歌う理由(わけ)

私が歌うわけは
いっぴきの仔猫
ずぶぬれで死んでゆく
いっぴきの仔猫

私が歌うわけは
いっぽんのけやき
根をたたれ枯れてゆく
いっぽんのけやき

私がうたうわけは
ひとりの子ども
目をみはり立ちすくむ
ひとりの子ども

私が歌うわけは
ひとりのおとこ
目をそむけうずくまる
ひとりのおとこ

私が歌うわけは
一滴の涙
くやしさといらだちの
一滴の涙

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また朝が来てぼくは生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が日だまりに寝そべっているのを
 
百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前なところのようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ
 
いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって
 
それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから
 
今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい

 谷川俊太郎詩集
  <詩集 空にに小鳥がいなくなった日所収>
 (株)サンリオ  ISBN4-387-90012-1




百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう

そして

ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい


この ふたつのことばが心に焼き付いています


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空の嘘


空があるので鳥は嬉しげに飛んでいる
鳥が飛ぶので空は喜んでひろがっている
人がひとりで空を見上げるとき
誰が人のために何かをしてくれるだろう
 
飛行機はまるで空をはずかしめようとするかのように
空の背中までもあばいてゆく
そして空のすべてを見た時に
人は空を殺してしまうのだ
 
飛行機が空を切って傷つけたあとを
鳥がそのやさしい翼でいやしている
鳥は空の嘘を知らない
しかしそれ故にこそ空は鳥のためにある
 
<空は青い だが空には何もありはしない>
<空には何もない
だがそのおかげで鳥は空を飛ぶことが出来るのだ>

   谷川俊太郎詩集 <詩集 愛について所収>


鳥は空の嘘を知らない
しかしそれ故にこそ空は鳥のためにある

この2行がとても心に響いてきます。
長田弘さんの 「ひとのいちばん大事なものは正しさではない。 」 というコトバとともに。



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このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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