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ユメカサゴ<吉原幸子>


ユメにみられる魚なのか
ユメをみる魚なのか

大きな水槽には
色とりどりの熱帯魚がひらめいて
ユメのようにうつくしかった
けれど その中に
ユメという名のついた魚は
ぜんぜんいない

そいつは
小さな水槽の底に沈んで
からだと同じいろの岩にあごをのせたきり
動かないでいた

口をヘの字にむすんで
黒いまるい眼で遠くをみて

まばたきもせずに
(これは当り前だが)

そいつは
ユメのようにうつくしくはなかったから

きっと
ユメをみていたのだ







………………………………
詩集『魚たち・犬たち・少女たち』


テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

魚  <吉原幸子>

          魚

つり掘の みどり色の水のなかから
ひとひらの自然をきりとってきて
小さなガラス箱にとじこめる

わたしたち自身 自然の一部として
母のなかを泳いだ 遠い昔もあったのに

いつのまにか もう
糸と針によってしか
おまえたちとつながることができなくなってしまった

でも 忘れてはいけない
自然がゆっくりと やさしく
わたしたちをたべてくれているから
わたしたちにも とてもおいしいのだ
水が 空気が 生きることが
そうして おまえたちの
かわいい仲間が

………………………………
詩集『魚たち・犬たち・少女たち』

テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

むじゅん <吉原幸子>

とほいゆきやまがゆふひにあかくそまる
きよいかはぎしのどのいしにもののとりがぢっととまって
をさなごがふたりすんだそぷらのでうたってゐる
わたしはまもなくしんでゆくのに
せかいがこんなにうつくしくては こまる

   *

とほいよぞらにしゅうまつのはなびがさく
やはらかいこどもののどにいしのはへんがつきささる
くろいうみにくろいゆきがふる
わたしはまもなくしんでゆくのに
みらいがうつくしくなくては こまる!



初出=楽市(1991年7月号)


雪山夕日



テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

平和 <吉原幸子>

   
海は 凪いでいる
いま この瞬間にも
故郷を失った人たちの船が 波間に漂い
どこかの倉庫に プルトニウムが
出番を待ちながら青黒く眠っているとは
信じられないくらいだ
ことしこそ 花を眺めよう
ことしこそ やさしく生きよう
人類の のこり時間は
三年か
三十年か
永遠か
朝の 白い光のなかで
猫たちが おとなしくエサを食べているのを
見ているだけで
涙がでる


初出=東京新聞(1983年1月5日・夕刊)


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テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

終末 <吉原幸子>


愛するものがむざんな殺されかたをしたとき
どこの国の
どんないろをした人たちも
同じ悲痛な声で泣く
シェルターはいらない
もしわたしの半分が溶け崩れて悶え死んだら
あとの半分は 悲しみによって死ぬだろう
酒場のすみの
女優商売上ったりの
さみしい四十女がつぶやいている
〈老後のしたくがなんにもしてないからさあ
 地球がもうじき滅びてくれなきゃ
 困るのよね......〉

テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

猫よ <吉原幸子>


胡桃ほどの大きさの
その脳みそで

死んだ子の
顔はおぼえてゐないのだね
ただ 数だけの
ひとつ といふ数だけの
おぼろげな記憶?

おまへが 誰に教はりもしないのに
袋を破って 袋を食べて
あの子の毛並がふんはり立つほどなめて それから
両端から嚙みつぶすやうに止血しながら
上手にヘソの緒を切るのを見たとき
ほとんど <神>を信じさうになった
(<本能>といふことばでは足りなかった!)

でもその時すでに あの子は息をしてゐなかったのだ
わたしが 雪を掘って
雪の下の土を掘って
椿の根もとに 埋めたのだよ
もうひとつ 袋のままの未熟児といっしょに
(あの子には 初めから見向きもしなかった
だから 数にも入ってゐないらしいけれど)

驚いたことに
それから三日たって
おまへはもう一度 死んだ子とそっくりの子を一匹産んだ
こんどはひっそり
わたしを呼びもせず
わたしに いっしょにいきませもせずに

けれどおまへには相変わらず
ひとつ といふ欠落の記憶があったのか
(うらやましいことに
 たぶん<かなしみ>の記憶ではなく
それでおまへは 一匹を盗む
十日前に同じ種の子を四匹産んだ 実の母から
戻しても 戻しても
一匹だけを盗む
(この三日間さうしつづけてきたやうに)

母親は 怒りもせずにそれを見てゐる
やがて突然 あとの三匹の仔猫ごと
娘の傍らに引き移って
やさしく やさしく 娘をなめる
娘はまた ぜんぶの子たちを抱きかかへ
息もつかせず なめつくす

<愛>と呼んではいけないのだらうか
親子 姉弟 恋がたき同士入り乱れ
ある子は祖母の ある子は姉の
マッチ棒の先ほどの可愛い乳首にすがりつき
眠ってはなめ なめては眠り
<かなしみ>さへも宿らない
おまへたちの 胡桃ほどの脳に
宿ってゐる何かを
その深い安らぎを
<愛>と呼んでは いけないのだらうか
わたしたちの
梨の実ほどの脳で


「ブラックバードを見た日」所収(1986)


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黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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