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ビヤホールで 黒田三郎

沈黙と行動の間を
紋白蝶のように
かるがると
美しく
僕はかつて翔んだことがない

黙っておれなくなって
大声でわめく
すると何かが僕の尻尾を手荒く引き据える
黙っていれば
黙っていればよかったのだと

何をしても無駄だと
白々しく黙り込む
すると何かが乱暴に僕の足を踏みつける
黙っている奴があるか
一歩でも二歩でも前に出ればよかったのだと

夕方のビヤホールはいっぱいのひとである
誰もが口々に勝手な熱をあげている
そのなかでひとり
ジョッキを傾ける僕の耳には
だが何ひとつことばらしいものはきこえない

たとえ僕が何かを言っても
たとえ僕が何かを言わなくても
それはここでは同じこと
見知らないひとの間で安らかに
一杯のビールを飲む淋しいひととき

僕はたた無心にビールを飲み
都会の群衆の頭上を翔ぶ
一匹の紋白蝶を目に描く
彼女の目にうつる
はるかな菜の花畑のひろがりを

      黒田三郎詩集『ある日ある時』より
     (昭森社刊『定本 黒田三郎詩集』参照)

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苦業  <黒田三郎>

ら旋階段をのぼる
石壁にかこまれた
くらい
けわしい
石の階段をのぼる
小さなランプをぶらさげながら


階段が尽きさえすれば
水平線が見えるのである
あ 階段が尽きさえすれば!


ら旋階段をのぼる
石壁にかこまれた
くらい
けわしい
石の階段をのぼる
小さなランプをぶらさげながら



とおいむかし
白々しいウソをついたことがある
愛するひとに
とおいむかし






 
   
   最後の4行が 強く心に刻まれている。

   そういえばこの詩で 小室等が歌っている曲がある。





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洗濯<黒田三郎>

酒を飲み
 ユリを泣かせ
 うじうじといじけて
 会社を休み

 いいところはひとつもないのだ
 意気地なし
 恥知らず
 ろくでなしの飲んだくれ

 われとわが身を責める言葉には
 限りがない
 四畳半のしめっぽい部屋のなかで
 立ち上ったり坐ったり

 わたしはくだらん奴ですと
 おろおろと
 むきになって
 いまさら誰に訴えよう

 そうかそうかと
 誰かがうなずいてくれるとでもいうのか
 もういいよもういいよと
 誰かがなだめてくれるとでもいうのか

 路傍の乞食が
 私は乞食ですと
 いまさら声を張りあげているような
 みじめな世界

 しめっぽい四畳半の真中で
 僕はあやうく立ち上がり
 いそいで
 洗い場へ駆けてゆく

 小さなユリのシュミーズを洗い
 パンツを洗い
 誰もいないアパートの洗い場で
 見えない敵にひとりいどむ

 水は
 激しく音をたてて流れ
 木の葉は梢で
 かすかに風にうなずく



                     詩集「小さなユリと」

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九月の風<黒田三郎>

ユリはかかさずピアノに行っている?
夜は八時半にちゃんとねてる?
ねる前歯はみがいてるの?
日曜の午後の病院の面会室で
僕の顔を見るなり
それが妻のあいさつだ

僕は家政婦ではありませんよ
心の中でそう言って
僕はさり気なく
黙っている
うん うんとあごで答える
さびしくなる

言葉にならないものがつかえつかえのどを下ってゆく
お次はユリの番だ
オトーチャマいつもお酒飲む?
沢山飲む? ウン 飲むけど
小さなユリがちらりと僕の顔を見る
少しよ

夕暮れの芝生の道を
小さなユリの手をひいて
ふりかえりながら
僕は帰る
妻はもう白い巨大な建物の五階の窓の小さな顔だ
九月の風が僕と小さなユリの背中にふく

悔恨のようなものが僕の心をくじく
人家にははや電灯がともり
魚を焼く匂いが路地に流れる
小さな小さなユリに
僕は大きな声で話しかける
新宿で御飯たべて帰ろうね ユリ




                   詩集「小さなユリと」より

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時代の囚人(抜粋)<黒田三郎>

  II
 
 
たったひとつのビイ玉でさえも
それが失われたとき
胸には大きな穴があいている
ああ
忘れた頃になって
ビイ玉は出てくる
ほこりのたまった戸棚の裏から
出てくるものは
それは
ひとつのビイ玉にすぎぬ
涙ぐんで
ときには涙ぐみもしないで
胸にあいた大きな穴をふさぐには
あまりにもありふれた
あまりにも変わりのない
ひとつのビイ玉を
掌にのせて
青く暮れてゆく並木の下で
どぶ臭い敷石の上で
ぼんやり立っていたことが
あったかなかったか

 
 
  
                       詩集「時代の囚人」より
 
 
 

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ああ <黒田三郎>

ああ あんなにも他愛もなく
僕自身によってさえやすやすと
欺されてしまったのに
僕には
僕を欺すことさえ出来ない
なんて
 
 
呟いたとたんに帽子が風にとんで行った
微笑
冷たい夕暮れの風が
僕の唇から微笑を盗みとる
木の葉がざわざわ鳴っている
 
 
                 詩集「失われた墓碑銘」より
 
 
 
 

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夜の窓<黒田三郎>

深夜
窓がことこと音をたてている
しめ忘れたひとつの窓
 
おくれ毛をかき上げながら
しめ忘れたひとつの窓をしめる
頭蓋骨に空いたひとつの窓
 
純白の部屋の中の純白のベッド
いつのまにかまた窓があいている
ことこと音をたてている
 
深夜
遠い櫟林のなかの公衆電話室に
灯がついている
たれもいない公衆電話室に灯がついている
 
 
 
 
                  詩集「失われた墓碑銘」から
 

 
 

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夕焼け (黒田三郎)

いてはならないところにいるような
こころのやましさ
それは
いつ
どうして
僕のなかに宿ったのか
色あせた夕焼け雲のように
大都会の夕暮の電車の窓ごしに
僕はただ黙して見る
夕焼けた空
昏れ残る梢
灰色の建物の起伏

美しい影
醜いものの美しい影


                      黒田三郎






夕暮れ



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夕暮れ (黒田三郎)

夕暮れの街で
僕は見る
自分の場所からはみ出てしまった
多くのひとびとを


夕暮れのビヤホールで
彼はひとり
一杯のジョッキをまえに
斜めに座る


彼の目が
この世の誰とも交わらない
彼は自分の場所をえらぶ
そうやってたかだか三十分か一時間


夕暮れのパチンコ屋で
彼はひとり
流行歌と騒音の中で
半身になって立つ


彼の目が
鉄のタマだけ見ておればよい
ひとつの場所を彼はえらぶ
そうやてったかだか三十分か一時間


人生の夕暮れが
その日の夕暮れと
かさなる
ほんのひととき


自分の場所からはみ出てしまった
ひとびとが
そこでようやく
彼の場所を見つけ出す



                  黒田三郎

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夕方の三十分 <黒田三郎>



コンロから御飯をおろす
卵を割ってかきまぜる
合間にウィスキーをひと口飲む
折り紙で赤い鶴を折る
ネギを切る
一畳に足りない台所につっ立ったままで
夕方の三十分


僕は腕のいいコックで
酒飲みで
オトーチャマ
小さなユリの御機嫌とりまで
いっぺんにやらなきゃならん
半日他人の家で暮らしたので
小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う


「ホンヨンデェ オトーチャマ」
「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」
卵焼きをかえそうと
一心不乱のところへ
あわててユリが駆けこんでくる
「オシッコデルノー オトーチャマ」
だんだん僕は不機嫌になってくる


化学調味料をひとさじ
フライパンをひとゆすり
ウィスキーをがぶりとひと口
だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
「ハヤクココキッテヨー オトー」
「ハヤクー」


かんしゃくもちのおやじが怒鳴る
「自分でしなさい 自分でェ」
かんしゃくもちの娘がやりかえす
「ヨッパライ グズ ジジイ」
おやじが怒って娘のお尻をたたく
小さなユリが泣く
大きな大きな声で泣く


それから
やがて
しずかで美しい時間が
やってくる
おやじは素直にやさしくなる
小さなユリも素直にやさしくなる
食卓に向かい合ってふたりすわる


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紙風船

落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように


  黒田三郎詩集 <もっと高く>所収
  「現代詩文庫」思潮社





黒田三郎という詩人を知らなくとも
この詩に見覚えのある人は多いのではないか。
(あんまり若い人はともかく)

かつて「赤い鳥」というフォークグループがヒットさせた曲の本歌である。
メンバーの後藤悦次郎氏がある日この詩に出会って惚れ込み、
黒田の自宅に電話で「歌にしたい」と夫人に頼み込んだそうだ。


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ただ過ぎ去るために (黒田三郎)

      1.

給料日を過ぎて
十日もすると
貧しい給料生活者の考えのことごとくは
次の給料日に集中してゆく
カレンダーの小ぎれいな紙を乱暴にめくりとる
あと十九日 あと十八日と
それを
ただめくりさえすれば
すべてがよくなるかのように


あれからもう十年になる!
引揚船の油塗れの甲板に
はだしで立ち
あかず水平線の雲をながめながら
僕は考えたものだった
「あと二週間もすれば
子どもの頃歩いた故郷の道を
もう一度歩くことができる」と


あれからもう一年になる!
雑木林の梢が青い芽をふく頃
左の肺を半分切り取られた僕は
病院のベッドの上で考えたものだった
「あと二ヶ月もすれば
草いきれにむせかえる裏山の小道を
もう一度自由に歩くことができる」と


歳月は
ただ
過ぎ去るために
あるかのように


     2.

お前は思い出さないか
あの五分間を
五分かっきりの
最後の
面会時間
言わなければならぬことは何ひとつ言えず
ポケットに手をつっ込んでは
また手を出し
取り返しのつかなくなるのを
ただ
そのことだけを
総身に感じながら
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間を
粗末な板壁のさむざむとした木理
半ば開かれた小さなガラス窓
葉のないポプラの梢
その上に美しく
無意味に浮かんでいる白い雲
すべてが
平然と
無慈悲に
落着きはらっているなかで
そのとき
生暖かい風のように
時間がお前のなかを流れた


     3.

パチンコ屋の人混みのなかから
汚れた手をして
しずかな夜の町に出るとき
その生暖かい風が僕のなかを流れる
薄い給料袋と空の弁当箱をかばんにいれて
駅前の広場を大またに横切るとき
その生暖かい風が僕のなかを流れる


「過ぎ去ってしまってからでないと
それが何であるかわからない何か
それが何であったかわかったときには
もはや失われてしまった何か」


いや そうではない それだけではない
「それが何であるかわかっていても
みすみす過ぎ去るに任せる外はない何か」



     4.

小さな不安
指先にささったバラのトゲのように小さな
小さな不安
夜遅く自分の部屋に帰って来て
お前はつぶやく
「何ひとつ変わっていない
何ひとつ」


畳の上には
朝、でがけに脱ぎ捨てたシャツが
脱ぎ捨てたままの形で
食卓の上には
朝、食べ残したパンが
食べ残したままの形で
壁には
汚れた寝衣が醜くぶら下がっている


妻と子に
晴着を着せ
ささやかな土産をもたせ
何年ぶりかで故郷へ遊びにやって
三日目



     5.

お前には不意に明日が見える
明後日が・・・・・
十年先が
脱ぎ捨てられたシャツの形で
食べ残されたパンの形で


お前のささやかな家はまだ建たない
お前の妻の手は荒れたままだ
お前の娘の学資は乏しいまま
小さな夢は小さな夢のままで
お前のなかに


そのままの形で
醜くぶら下がっている
色あせながら
半ばくずれかけながら・・・・・



     6.

今日も
もっともらしい顔をしてお前は
通勤電車の座席に坐り
朝の新聞をひらく
「死の灰におののく日本国民」
お前もそのひとり
「政治的暴力に支配される民衆」
お前もそのひとり


「明日のことは誰にもわかりはしない」
お前を不安と恐怖のどん底につき落す
危険のまっただなかにいて
それでもお前は
何食わぬ顔をして新聞をとじる
名も知らぬ右や左の乗客と同じように
叫び声をあげる者はひとりもいない
他人に足をふまれるか
財布をスリにすられるか
しないかぎり たれも
もっともらしい顔をして
座席に坐っている
つり皮にぶら下がっている
新聞をひらく 新聞をよむ 新聞をとじる



     7

生暖かい風のように流れるもの!



閉ざされた心の空き部屋のなかで
それは限りなくひろがってゆく



言わねばならぬことは何ひとつ言えず
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間!



五分は一時間となり
一日となりひと月となり
一年となり
限りなくそれはひろがってゆく



みすみす過ぎ去るに任せられている
途方もなく重大な何か
何か



僕の眼に大映しになってせまってくる
汚れた寝衣
壁に醜くぶら下がっているもの
僕が脱ぎ 僕がまた身にまとうもの


黒田三郎詩集 <渇いた心>所収
「現代詩文庫」思潮社


みすみす過ぎ去るに任せられている
途方もなく重大な何か

このような焦燥感が 自分のなかにも 常に存在する

それに鈍感でいられる人もいるけれど。
私は この焦燥感に突き動かされて
いつも、その「一歩」を踏み出す決意をするのだ


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引き裂かれたもの

その書きかけの手紙のひとことが
僕のこころを無惨に引き裂く
一週間たったら誕生日を迎える
たったひとりの幼いむすめに
胸を病む母の書いたひとことが



「ほしいものはきまりましたか
 なんでもいってくるといいのよ」と
ひとりの貧しい母は書き
その書きかけの手紙を残して
死んだ



「二千の結核患者、炎熱の都議会に坐り込み
 一人死亡」と
新聞は告げる
一人死亡!
一人死亡とは



それは
どういうことだったのか
識者は言う「療養中の体で闘争は疑問」と
識者は言う「政治患者を作る政治」と
識者は言う「やはり政治の貧困から」と



そのひとつひとつの言葉に
僕のなかの識者がうなずく
うなずきながら
ただうなずく自分に激しい屈辱を
僕は感じる



一人死亡とは
それは
一人という
数のことなのかと
一人死亡とは



決して失われてはならないものが
そこでみすみす失われてしまったことを
僕は決して許すことができない
死んだひとの永遠に届かない声
永遠に引き裂かれたもの!



無惨にかつぎ上げられた担架の上で
何のために
そのひとりの貧しい母は
死んだのか
「なんでも言ってくるといいのよ」と
その言葉がまだ幼いむすめの耳に入らぬ中に



   黒田三郎詩集 <渇いた心>所収
   「現代詩文庫」思潮社



 一人死亡とは
 それは
 一人という
 数のことなのかと
 一人死亡とは

いまだに ことあるごとに 私の心に重く響いてくる一言です。
新聞を読むたびに TVを見るたびに
幾度も心にこの執拗な問いかけが蘇るのです。

 わたしたちは 記号 ではない。
 血肉を持った ひとりの人間なのである。

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僕はまるでちがって

僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じネクタイをして
昨日と同じように貧乏で
昨日と同じように何も取柄がない
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じ服を着て
昨日と同じように飲んだくれで
昨日と同じように不器用にこの世に生きている
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
ああ
薄笑いやニヤニヤ笑い
口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで
僕はじっと眼をつぶる
すると
僕のなかを明日の方へとぶ
白い美しい蝶がいるのだ


  黒田三郎詩集 <ひとりの女に>所収
  「現代詩文庫」思潮社




これぞ  青年時代の 恋。
最後の2行の、なんと鮮やかなことか。

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もはやそれ以上

もはやそれ以上何を失おうと
僕には失うものとてはなかったのだ
川に舞い落ちた一枚の木の葉のように
流れてゆくばかりであった

かつて僕は死の海を行く船上で
ぼんやり空を眺めていたことがある
熱帯の島で狂死した友人の枕辺に
じっと坐っていたことがある

今は今で
たとえ白いビルディングの窓から
インフレの町を見下ろしているにしても
そこにどんなちがった運命があることか

運命は
屋上から身を投げる少女のように
僕の頭上に
落ちてきたのである

もんどりうって
死にもしないで
一体だれが僕を起こしてくれたのか

少女よ
そのとき
あなたがささやいたのだ
失うものを
私があなたに差し上げると



      黒田三郎詩集 <ひとりの女に>所収
      「現代詩文庫」思潮社


戦後最高の恋愛詩集と言われたこの「ひとりの女に」で黒田は詩壇の芥川賞ともいえるH氏賞を獲得したのであった。

すべてを失った青年の前に、この「ひとりの女」との出会いがいかに色鮮やかであったことか!・・・・・・・
最後の2行。


「失ったものをさしあげる」ではないのだ。
「失うもの」をさしあげる、と言っているのである。



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出発

どこか遠くのほうから見ていたい
感動している自分を
感動して我を忘れてとんでゆく自分を
どこか遠くのほうから見ていたい
息を切らしてしまってはいけない
よそ見をしてはいけない
心ひそかにそう念じながら
どこか遠くのほうから見ていたい
あおいじつにあおい
その遠くの空の彼方へ
今はそれだけが私の仕事だ
荒々しく私は私を投げつける
紋白蝶のように軽々と行ってしまうようにと
眼をとじながら私は私を投げつける
足元に落ちて高雅な陶器のように砕けないようにと



   黒田三郎詩集 < 失われた墓碑銘>所収
   「現代詩文庫」思潮社



感動している自分を 自分の外側から眺めてみたい という欲求。

そうすることで 安堵するのであろうか。

自分はまだ大丈夫 自分の心は死んでいない と

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ある日ある時

秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気のする
そんなときはないか
空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが



 黒田三郎詩集 <ある日ある時>所収


張り詰めた 祈り  のような 想い。


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そこにひとつの席が


そこにひとつの席がある
僕の左側に
「お坐り」
いつでもそう言えるように
僕の左側に
いつも空いたままで
ひとつの席がある
 

恋人よ
霧の夜にたった一度だけ
あなたがそこに坐ったことがある
あなたには父があり母があった
あなたにはあなたの属する教会があった
坐ったばかりのあなたを
この世の掟が何と無造作に引立てて行ったことか
 

あなたはこの世で心やさしい娘であり
つつましい信徒でなければならなかった
恋人よ
どんなに多くの者であなたはなければならなかったろう
そのあなたが一夜
掟の網を小鳥のようにくぐり抜けて
僕の左側に坐りに来たのだった

 

一夜のうちに
僕の一生はすぎてしまったのであろうか
ああ その夜以来
昼も夜も僕の左側にいつも空いたままで
ひとつの席がある
僕は徒らに同じ言葉をくりかえすのだ
「お坐り」
そこにひとつの席がある
 


     黒田三郎詩集 <ひとりの女に>所収
     「現代詩文庫」思潮社



若き日の黒田三郎の代表詩集です。
この詩集で彼は詩壇の芥川賞ともいえる「H氏賞」を受賞したのでした。
この作品は 高校の頃から大好きだったものです。



どんなに多くの者であなたはなければならなかったろう

この一行が私にはとても大切でした。



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プロフィール

黒猫

Author:黒猫
このブログはHPから詩の部分だけをまとめました。

10代の頃からこれらの詩はいつも自分の中にありました。
私の中にとけ込んだ詩人たちんの言葉と私自身のつたないことばだち。

八木重吉の「秋の瞳」序文ではありませんが、このつたない詩を読んでくれたあなた  私を心の友としてください。

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