若さ かなしさ<永瀬清子>
東京の小さい宿に私がいた時
あの人は電話をかけてきて下さった
あの人は病気で私に会いに来れないので
それで電話で話したかったのだ
かわいそうにあの人はもう立てない病気
それでどんなにか私に会いたかったのだ
こんどはどうしても会えないよと
とても悲しそうに彼は云った
あの人は私よりずっと年上だし
学識のあるちゃんとした物判りのいい紳士
そんなに悲しい筈はないと若い私は思っていたのだ
過ぎゆく人間の悲しさを
私はまだ思いもせずに
長く長く電話で話す彼に当惑さえしていた
そして片手の鉛筆で
何か線や波形を描いていた
枯葉のように人間は過ぎていく
その時瀕死の力をこめて私を呼んでいたのに
そして波のように私にぶつかりなぐさめられたかったのに―――
「人間ってそんなものよ」「病気ってそんなものよ」
私はああ、恐ろしいほどのつめたさ
若さ、思いやりのなさ
そそり立つ岩さながら―――
私を遠くからいつも見つめていたそのさびしい瞳に
それきりおお 私は二度と会うことはなかったのだ
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詩集を開いたときに 飛び込んできたこの詩。
ああ私もどれだけ年を取ってきて、この苦い思いを噛みしめていることか。
若さとは、傲慢さ、思い上がり、他者への思いやりのなさ。